「漱石が見つめた近代」

先日、NHKのEテレの「ETV特集」の「漱石が見つめた近代~没後100年 姜尚中がゆく~」を見ました。

政治学者の姜尚中さんが、1900年の夏目漱石の留学先であるイギリスのロンドンのタワーブリッジやカーライル博物館、日清戦争や日露戦争の後の漱石が1909年9月9日からの20日間のアジアの旅で訪れた中国の大連の旧ヤマトホテルの喫茶店、旅順の東渓冠山や203高地の戦跡や監獄博物館、伊藤博文が安重根に暗殺されたハルビンの駅のホーム、韓国のソウルの景福宮や日本人に暗殺された閔妃(ミンピ)の墓所などを巡りながら、西欧由来の「近代文明」の危うさに気付いた最初の人としての夏目漱石について考えるドキュメンタリー番組でした。夏目漱石の文章の朗読は村上新悟さんでした。

約1時間半の思索紀行番組だったのですが、眠くなることなく、最後まで興味深く見ることができました。

夏目漱石は、カーライル博物館に4回行ったことがあるそうで、番組で紹介されていた当時のノートには「K・Natsume」(夏目金之助)の署名がありました。薄いインクの細い字で書かれていました。

夏目漱石がこもっていたというロンドンのアパートの3階の部屋には住民の方の希望で姜さん一人が見学をすることができたようでしたが、歴史家のトーマス・カーライルが4階の屋根裏部屋を書斎にしていたことや、写真の写り方などを、カーライルを尊敬する漱石が真似をしていたかもしれないという姜さんの説を聞いて、もしかしたらそうかもしれないなと思いました。カーライルさんも、『衣服哲学』という著書の中で、人間を圧迫して息苦しくして粉々にしようとしていると、近代文明を批判しているのだそうです。

番組では、夏目漱石の「韓満所感」や「満韓ところどころ」の一部が紹介されていたのですが、その中には、近代化を進め暴力によるアジア地域の支配を強めていく日本に対する漱石の危機感や、優越感が記されているのだそうです。漱石は民族差別をしない人だったということなので、「韓満所感」に残されている支那人や朝鮮人に生まれなくてまあ善かったというような南満州鉄道の職員たちへの講演での発言は、「臣民」としての配慮だということも考えられるのだそうですが、日露戦争後の日本人の他のアジア人への優越感は、漱石の中にも一種の自己矛盾として現れていたそうです。

『三四郎』の登場人物に日本について「亡びるね」と言わせていた漱石は、日本人であるということへの優越性を感じる一方で、このままでは日本は「亡びる」とも考え、日本を肯定するのでも否定するのでもなく、俯瞰的に、日本人はこれからどうするべきなのかを考えていたそうです。だからこそ、日本について「亡びるね」と警告しているのだということでした。

戦跡を見に行った頃の漱石にとって、当時の戦争は確かに生々しいものであったのだろうと思います。戦争について知っている人もたくさんいたのだろうと思います。落ちていた女性ものの靴の片方が兵士の妻のものだったという話も、リアルで少し怖いような感じがしました。それにしても、旅行先であえてそのまだ新しい戦跡を見に行くというのは、すごいことであるように思いました。姜さんが訪れていた旅順の洞窟には今も砲弾の跡もありましたが、ロンドンでボーア戦争に行った兵士たちの行進やセントポール大聖堂でのセレモニーを見たという漱石が当時の日記に「馬鹿馬鹿しきことなり」と書いているように、日本兵の死因の中に味方の撃った弾が山に当たって砕けた岩が当たって死ぬというようなものも多かったということに対しても、そのように思うことはあったのかなと思いました。

夏目漱石は、世界をいかに見るべきか、世界を助ける文芸とはどのようなものかを考え続けていたそうです。そうして、自己本位の立場に立って自分なりの文芸を作ろうとして、帰国の2年後の1905年、明治の日本社会を風刺した『我が輩は猫である』を書いたのではないかということでした。

番組には、中国や韓国で夏目漱石の研究をしている大学教授の方と姜さんが対談をしていて、アジアと夏目漱石、中国や韓国の作家への夏目漱石の反体制・社会批判の文学の影響について話していたのですが、日本では作家の黒川創さんと対談をしていて、黒川さんは、なぜこの時代に国家主義から離脱し社会を傍観する夏目漱石という作家が生まれたのかということを話していました。

「近代化」というものは西欧(欧米列強)からもたらされたもので、日本を含めたアジアの人々は内発的にではなく外発的に「開化」したということになるそうです。そのような社会の中で生きる人々の多くに自分の考えがなく支配者に好きなだけ操られるということを、夏目漱石も魯人も考えていたということでした。

ソウル大学のユンさんという教授の方は、夏目漱石は近代の西洋文明中心主義にどう立ち向かっていくかに悩み、日本語でその文学を書いたが、漱石の文学はアジア文学や世界文学としてその中でもう一度再評価する必要があるのではないかとも話していました。

ハルビンで伊藤博文を撃ち殺した安重根についても、事件の1か月ほど前にそのプラットホームに立っていたということに衝撃を受けた漱石は、安重根の裁判の資料まで取り寄せて、日本からの独立を求めて戦っていたその人がどうして暗殺したのか、内面を探ろうとしていたのだそうです。「門」の、「伊藤さんは殺されたから歴史的に偉い人になれるのさ。ただじゃこうはいかないよ」という台詞が紹介されていました。日本の社会でもその頃には「社会主義者」への弾圧が強められていて、夏目漱石は、偏狭になっていく世の中を、本当にこれで良いのかと考え続けていたそうです。

「日中韓の隙間」に日本や中国や韓国の将来を見通すものがあるのではないかという意見を聞いて、難しいのですが、何か分かるような気もして、なるほどなと思いました。既存のものではない新しい何かを見つけなければいけないのかもしれないなと思いました。

今の日本社会は、戦前(太平洋戦争直前)の社会に似てきていると言われていますが、夏目漱石のような方たちが息苦しく感じていた例えば社会主義者たちの言論が弾圧されつつあったような雰囲気は、それの何分の一くらいだとしても、やはりあるのかもしれないなと思います。

大手の新聞記事などでは、最近の欧米(イギリスやアメリカやイタリアなど)での選挙による右派政党の台頭を、「ポピュリズム」や「大衆迎合主義」などと呼んで「良くないもの」として否定的に捉えているものが多いように思うのですが、例えば日本の自民党や公明党や維新の会などは、「ポピュリズム」の勢力に支えられている政党ではないのでしょうか。

「ポピュリズムの波」とか「大衆迎合のうねり」とか、新聞や雑誌などでそのような言葉を見ると、それは日本以外の世界(諸外国)で起きていることで、日本は別なのだろうかと少し不思議にも思います。新聞の世論調査の設問には印象操作的、誘導尋問的なものも多いように思いますし、官報のような大手の新聞社やテレビ局などのメディアに操られた市民たちが(そうとは気付かずに)投票した結果選ばれた「与党」は、「ポピュリズム」や「大衆迎合主義」なるものに支えられているということになるのではないでしょうか。

欧米の右派政党の勢力拡大の流れを「ポピュリズム」や「大衆迎合主義」として警戒している新聞の記事を読んだ印象によると、その記者が念頭に置いている「ポピュリズム」や「大衆迎合主義」の政党は「右派」か「極右」と呼ばれる「保守政党」なのですが、日本では、「与党」は長い間(あるいは多くの場合)「右派」で「保守政党」である自民党になので、(ポピュリズムや大衆迎合主義に支えられた政党が新興の政党に限らないとするのであれば)もはや既にポピュリズム(大衆迎合主義)が根付いているというか、染みついているというか、そういう事情によって「右派」の政党への感覚が麻痺しているのということかなとも思います。日本では、「反右派」や「左派」の政党(例えば社民党や日本共産党のような政党でしょうか)が選挙の結果与党になることの方が珍しいです。

夏目漱石がもしも今生きていたなら、日本や世界の何を見るのでしょうか。「グローバル化」が進められている今の世の中をどう思うでしょうか。外国の人から中国人は嫌いだが日本人は好きだと言われて嬉しがるような日本人の「軽薄な根性」が日本人の中にまだ残されていることをどう思うでしょうか。今ならどのような小説を書いて世界へ発表するのでしょうか。

『吾輩は猫である』の「誰も口にせぬ者はないが、誰も見たものはない。誰も聞いた事はあるが、誰も遇った者がない。大和魂はそれ天狗の類か」を改めて聞いてまた面白く思いましたし、真理を突いているというか、日露戦争の勝利に浮かれた人々が「大和魂」を口々に言うような出来事は、現代にも起こり得ることであるように思えました。夏目漱石は「大和魂」そのものに呆れていたのではなく、「大和魂」という言葉を安易に使う当時の戦中の社会の空気や風潮に呆れていたのではないかなと思います。(それに「大和魂」は本来は戦争関連に使われるような言葉ではないような気がします。)

西洋文明を取り入れて「近代化」をすることが「(文明)開化」だという発想も、本当は良くないのだと思います。昨夜の「100分de名著」で新しく取り上げられていたのはフランスの人類学者・民俗学者のクロード・レヴィ=ストロースの『野生の思考』でしたが(本の朗読は田中泯さんでした)、その話と先日のこの夏目漱石の特集の内容はつながっているような気がしました。西洋文明を取り入れていなければ「未開」だという発想は西洋の発想なのですし、当然のことながら、アフリカやアマゾンの少数民族の人も江戸時代以前の日本人も日本人以外のアジアの国々の人も、「未開」の人ではないはずです。

夏目漱石を好きな政治学者の姜尚中さんの漱石を巡る旅の特集を見ていて、没後100年の夏目漱石が100年後の今の時代をもしも生きていたならどうしただろうと少し気になりました。これから日本の世の中は、また世界各地の社会は、良い方向へ変わっていくことができるのでしょうか。1時間半という通常よりは少し長めの「ETV特集」でしたが、良い特集だったように思います。
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