「自閉症の君が教えてくれたこと」

先日のNHKの「NHKスペシャル」で放送されていた「自閉症の君が教えてくれたこと」を見ました。録画をしておいたものです。

一昨年の2014年の8月の頃に放送された「君が僕の息子について教えてくれたこと」がとても良かったので、その続編が放送されることを知って、私も今回の特集を見るのを楽しみにしていました。

続編を作ることになった理由の一つには、番組ディレクターの丸山さんという33歳の方が一昨年のこの番組を作った直後に癌を患ったという出来事があったからだそうです。番組のナレーションによると、丸山さんは、癌を患ったことをご自身の「ハンディキャップ」と捉えていました。そして、『自閉症の僕が跳びはねる理由』の著者である自閉症の作家の東田直樹さんに再び会いに行き、話を聞きに行っていました。24歳の東田さんは、2年前の特集の時と同じように、パソコンのキーボードを書いた紙を指しながら丁寧に質問に答えて会話をしていました。

自分が「命のバトン」を渡せなくなった、ということを心配する丸山さんに、東田さんは、命を「バトン」としてつなぐことができない人は存在してはいけないのか、命は一人で完結していると思うと答えていたのですが、それは私にも正しいことのように思えました。

13歳の自分に送る言葉は何かと訊かれた東田さんは、ありのままでいい、と最初は答えようとしたそうなのですが、励ましの言葉は辛い毎日を送っている13歳の僕の耳には届かないだろうと考え直し、人生は短いという事実を伝えたい、と答えていました。ブランコはいつかは止まるけれど、こぎ続けていれば同じ景色も違って見えると考えていました。東田さんは、自閉症ではない自分の夢を小さい頃には見ていたそうなのですが、今は夢の中の自分も自閉症なのだそうです。

東田さんは、北九州に暮らしているという79歳の祖母の京子さんが認知症であることについても考えていました。祖母は、孫のことは憶えていたのですが、記憶が曖昧で、台所のやかんのガス台の火を点けたり消したりしてしまうということでした。孫の好きなホットケーキを焼く時にも、卵を入れたのに、卵は入れたかしらと気にしていました。少し焦げたホット―ケーキを食べて、昔の味とは違うけれど、でもおいしかったですと言った東田さんは、それでも、祖母の認知症の現実に悩んでいました。僕はおばあちゃんが変わっていないと思い込みたかったのです、と分析していました。

毎月の癌検査を欠かせない丸山さんが取材を始めてから3か月が経った頃、東田さんは、取材に苛立ち始めていたそうなのですが、東田さんが自閉症であるということに丸山さんがこだわっていると気にしていたからだったそうです。東田さんは、なぜ丸山さんは自閉症にこだわりがあるのか、僕が自閉症であることと僕が生み出す言葉と直接関係はないと思っています、と答えていました。プロの作家になろうとしている東田さんは、「自閉症の作家」と思われることについて悩んでいたようでした。

しかし、ラジオ講座を聴いて英語を読むことができるようになり、イギリス人の作家のデビッド・ミッチェルさんと直接手紙のやり取りをしていた東田さんは、8月にアイルランドのコーク州のミッチェルさんの自宅に招待され、ミッチェルさんや10歳の息子のノアさんと会って、その考えを少し変えたようでした。

ミッチェルさんは、前作の「君が僕の息子について教えてくれたこと」にも出演していた方ですが、自閉症の息子のノアさんになかなか友達ができないことを気にしていたようでした。友達の作り方を訊かれた東田さんは、それは友達ができてほしいから言っているのですか、僕には友達はいないけれど僕は不幸に見えますか、僕たちが感じているのは友達がいないとかわいそうで気の毒だと思っている人たちの勘違いです、と答えていて、ミッチェルさんは、息子の友達不足は私の問題だと今から考えようと思うと話していました。

東田さんと2年ぶりに会ったミッチェルさんは、東田さんが自分の考えを表現するのが上手くなったと感じたようで、良い意味で少し生意気になったと嬉しそうに話していました。

ミッチェルさんの息子のノアさんの意志が分からないので撮影は不可だったそうなのですが、東田さんと一緒に食事をすることになったノアさんは外のベンチで母親と気持ちを落ち着かせていて、30分ほどして部屋に入ってきたそうです。一緒に食事をしている間、東田さんと言葉を交わすことはなかったそうなのですが、帰り際、さようならと言った東田さんに近付いてきて、握手をしたそうです。それを見たミッチェルさんは、二人の間には何らかの「以心伝心」のようなものがあったのだと喜んでいました。東田さんは、ノア君は昔の僕に似ています、と書いていました。

ミッチェルさんは、世界中の読者や私にとって、直樹君の自閉症はある意味では幸せなことで、感謝していますとお礼を言っていました。東田さんは、自閉症の作家であるということについてを改めて考えていたようでした。

祖母の京子さんに会いに行った東田さんは、もしおばあちゃんが迷子の子供を見つけたら何て声をかけるかな、と質問していました。そして、お母さんを一緒に探してあげる、という祖母の答えを聞いて、祖母の優しさは昔のまま変わっていない、おばあちゃんは不幸ではない、と思うことができるようになっていました。

東田さんは、おばあちゃんの風景を見てみたい、それはいつか僕が見る風景だから、と書いていました。

東田さんは、ミッチェルさんの勧めで、「自閉症のうた」という自閉症の少女を主人公にした小説を書き始めているそうです。それは、東田直樹さんにしか見えないものを、誰もが共感することのできる物語に置き換えるという作業でもあるのだそうです。

丸山さんは、人生を前向きに生きる方法を訊いていて、それについての東田さんの答えは、人はどんな困難を抱えていても幸せを見つけることができる、というものでした。

「自閉症と僕を切り離して考えることはできません。僕が自閉症でなければきっと今の僕ではなくなるからです。僕たちはかわいそうとか気の毒とか思われたいのではありません。ただ、みんなと一緒に生きていたいのです。みんなの未来と僕たちの未来がどうか同じ場所にありますように」という東田直樹さんの言葉で終わっていました。

今回の特集も、とても良かったです。東田直樹さんの様子を見ていると、自閉症スペクトラムの方の感じは確かにするのですが、文章の言葉を聞いているとその感じは少しもないということを、改めてすごいなと思いました。心が動かし辛い狭い身体の中に閉じ込められているという感じなのかなと思いました。

癌の治療中というディレクターの丸山さん方が自ら出演なさっていたことも、もしかしたら良かったのかもしれません。東田さんは丸山さんの質問に少し苛立っていたということですが、東田さんと丸山さんの間にはほとんど差がないということが、番組を見ていて分かったような気がしました。

100人に1人の割合でいる、と言われても、それが多いのか少ないのかよく分からないようにも思えますし、私の周囲だけで考えるなら、自閉症はまだ珍しいように思います。作家の東田直樹さんも、最初のうちには自閉症の側面が目立つかもしれませんが、ピアニストの辻井伸行さんのように、目が見えないというようなことは次第に気にならなくなるというか、そのうちには自然に馴染んでいくのかもしれないなと思います。

東田直樹さんの自閉症というのはもしかしたら特殊能力なのかもしれないとさえ思えてきます。ご本人も大変ということなので、特殊能力かもしれないと軽々しく言ってはいけないのかもしれませんが、でも、東田さんがその能力から出た言葉によって世界中のたくさんの人を救っているということは事実のようですし、やはり単純に、すごいなと思います。

世の中にはまだ自閉症の人には感情が無いと思っている人がいる、というミッチェルさんの話を聞いて少し驚いたのですが、感情の表現が苦手というだけで感情が無いと思われるとしたら、私ももしかしたら見る人によってはそう思われる可能性がありますし、そのように勘違いされることは少し怖いことだなと思いました。

そもそも、自分以外の人の感情は推測をする以外には自分の感情ほどには分からないものですし、これは人間に限らないことなのですが、心や感情がないように見えるものにも、心や感情があると思って接したほうが良いのだと思います。それは普通のことかもしれないけれど、そのほうが優しい世界になるような気がします。

「君が僕の息子について教えてくれたこと」という前作のタイトルと異なり、その続編となる今作の「自閉症の君が教えてくれたこと」のタイトルには「自閉症」という言葉が入っているのですが、あえてそのようにしたということなのでしょうか。東田さんご自身が自閉症であることをこれまでよりも深く受け入れているということなのでしょうか。何となく気になりました。でも、今回の特集も良かったですし、私も見ることができて良かったです。
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