映画「シン・ゴジラ」と1954年の映画「ゴジラ」

先日、映画「シン・ゴジラ」を見に行きました。

今年の夏に公開された映画で、面白そうかなと気にはなっていたものの、どうか分からないなとも思えていたので、見に行っていなかったのですが、それを年末の12月になって見に行くことにしたのは、先月(11月)に見に行くことができた片渕須直監督のアニメ映画「この世界の片隅に」がとても良かったからでした。「今年の映画」をもう一作品見てみたく思ったのです。

夏からの映画だからだと思うのですが、上映される劇場も大分減っていたので、私は映画館を探して小さめの昭和レトロな雰囲気の映画館へ行きました。

「ゴジラ」シリーズは東宝が制作をしていて、今回の、監督・特技監督は樋口真嗣さん、脚本・編集・総監督は庵野秀明さんという作品の「シン・ゴジラ」はシリーズ第29作に当たるそうなのですが、私は映画「モスラ」を見たことはあったものの、「ゴジラ」シリーズを見たことはありませんでした。日本制作のものも、アメリカ制作のものも見ていませんでした。

そのため、宣伝番組などで見聞きした何となくの情報と、ティラノサウルスのような怪獣のゴジラの形くらいしか知らないまま、今回の映画「シン・ゴジラ」を見始めたのですが、もしも面白くなかったらどうしようという少しの心配はすぐに吹き飛びました。とても面白かったです。

映画番組などで、怪獣映画というよりは政治映画だと言われていましたが、確かにそうでした。

主人公は、内閣官房副長官で巨大不明生物特設災害対策本部事務局長となる矢口蘭堂(長谷川博己さん)です。その他の主な登場人物は、国家安全保障担当の内閣総理大臣補佐官の赤坂秀樹(竹野内豊さん)、内閣総理大臣の大河内清次(大杉漣さん)、内閣官房長官の東竜太(柄本明さん)、防衛大臣の花森麗子(余貴美子さん)、ゴジラの2度目の襲来後立川へ移った官邸で臨時の内閣総理大臣に就任する農林水産大臣の里見祐介(平泉成さん)、保守の第一党の政調副会長で矢口さんに「ヤシオリ作戦」を提案する泉修一(松尾諭さん)、内閣官房副長官秘書官の志村祐介(高良健吾さん)、厚生労働省医政局研究開発振興課長の森文哉(津田寛治さん)、環境省自然環境局野生生物課長補佐で野生生物の専門家の尾頭ヒロミ(市川実日子さん)、資源エネルギー庁電力・ガス事業部原子力政策課長の立川始(野間口徹さん)、文部科学省研究振興局基礎研究振興課長安田龍彦(高橋一生さん)、外務省総合外交政策局長の小松原潤(三輪江一さん)、国土交通省危機管理・運輸安全政策審議官の竹尾保(小松利昌さん)、官邸内統幕運用第1課長の袖原泰司(谷口翔太さん)、国立城北大学大学院生物圏科学研究科准教授の間邦夫(塚本晋也さん)、祖母が広島か長崎の出身らしい日系3世の米国大統領特使のカヨコ・アン・パタースン(石原さとみさん)でした。

といっても、現実がそうであるように、政治家や官僚や自衛隊など、登場人物はとても多かったです。役職名や人物名などの漢字の多い長い字幕も2秒ほどしか出ないので、主人公の矢口さん以外は誰が何という名前でどこにいる何の役職の人なのだかよく分からなくなってしまうことも多かったのですが(余貴美子さんの演じる花森防衛大臣は現都知事の小池百合子さんが防衛大臣だった時に少し似ていたように思います)、物語の筋自体はしっかりとしていたので、映画を見ていて混乱することはありませんでした。

「シン・ゴジラ」はまだ公開中の映画なので、いろいろ書かないようにしようと思うのですが、東京湾に得体の知れない何かが現れたというところから、実際に大田区の呑川や蒲田の街に謎の生物が現れるまでの緊張感と、現れた生物の怖さ(東京湾のアナゴやウミヘビのようでもありましたが)、そして一度海に戻った後再び関東に上陸し当初の二倍の大きさになっていた恐竜のような形の“完全生物”のゴジラの強さや無敵さに圧倒されました。

ゴジラの造形も、模型やCG?と現実の混ざった都市の風景も、矢継ぎ早の台詞の応酬も、物語の構成も展開も、とてもよく出来ていました。

ゴジラの動きを演じていたのは能楽師(狂言師)の野村萬斎さんだそうです。野村萬斎さん自身がそのことを話していた番組を私も見ていたのですが、この映画を見ながらゴジラを野村萬斎さんだと思うことは一度もありませんでした。そのくらい、何というか、その能の動きがゴジラらしかったのだと思います。

荒ぶる神のような完全生物のゴジラの尽きない強さと当時に、突然現れて街を襲い始めた得体の知れない存在に直面した日本の政治家や官僚たちがどのようにそれに向き合い、また立ち向かっていくのかということが描かれていた映画なのだろうと思います。

石原さとみさんの演じるカヨコさんのキャラクターは、私にはこの映画の物語の中では少し浮いているようにも見えてしまったのですが、在日米軍基地のある日本というか、日米地位協定が変えられていない今の日本の状況や、ゴジラから国民の命を守るための手段に迷う政治判断の遅さのようなものが、2011年の3月の「東日本大震災」の頃の記憶と重なるように、はっきりと描かれていたような気がします。

第二形態?のゴジラが遡上した川の小舟が打ち上げられていく様子や、道路の上を進んでいく様子や、マンションを登っていく様子などは津波のようでしたし、ゴジラの体内のエネルギー源が「核」だというところも、福島の原子力発電所の爆発事故のことを想起させる印象でした。

それでも、この映画は「東日本大震災」の要素だけを描いた映画ではなかったように思います。過去の戦争(第二次世界大戦)や未来に再び起こるかもしれない核爆弾の投下のことも盛り込まれていました。

突然の大規模な災害に、日本はまだやれるのだと、生き残った政治家や官僚や自衛隊員たち、常時には厄介者扱いされていた研究者たちが最後まで諦めずに知力を尽くして挑み、ゴジラのいる東京への米軍の原爆による攻撃を避けようとする姿も良かったです。

2度目のゴジラの襲来直後にはそれまでの中枢の政治家や官僚や自衛隊員たちの多くが死亡しましたが、それでもまだまだ日本には良い人材がいるのだというメッセージも含めて、今の日本の政治家や官僚や自衛隊員の方たちを応援する映画でもあったのだろうと思います。

ただ、東京湾から神奈川県や東京に進んでくるゴジラの場面は怖かったのですが、身体の外側の黒色と内側の燃える赤色が富士山から流れ出る熱い溶岩のような色でもあった、自然界の神のようにも思える“完全生物”のゴジラ(呉爾羅)が、自衛隊や米軍のミサイル攻撃に遭う場面は、やはり私にはどうしても、かわいそうであるようにも思えてしまいました。ゴジラは街を破壊しようと思っているのでもなく、人を殺そうとしているのでもありませんでした。ただ一心に東京へ向かって進んでいるだけなのです。映画で見る限りには、ゴジラはほとんど無垢の存在です。それを人間たちが(人間たちのほうでも殺されているままではいけませんからそれは仕方のないことではあるのかもしれないのですが)あらゆる爆弾を使って攻撃していて、高層ビルを倒壊させたり、在来線の無人電車に爆弾を搭載して一気に攻撃したりというアニメ的なアイデアをすごいなと感心するのと同時に、とてもかわいそうのようでもあるという感じでした。倒されるゴジラの姿を見ながら、何だかとても悲しい気持ちになりました。

炎や光線を身体から出して辺りを火の海にするゴジラの反撃の場面を見ていて、スタジオジブリのアニメ映画「風の谷のナウシカ」の巨神兵や「天空の城ラピュタ」の壊されながらもシータを守ろうとしたロボット兵のことを思い出しました。

矢口さんたちの行動によってゴジラは一旦「凍結」したのですが、いつかゴジラが再活動することを予感させる終わり方でもありました。凍結されたゴジラの胴体に、人間の死体が積み重なっているようにも見えました。いつ、ガチャ、というゴジラの身体が動く音がするか、見ていて怖い感じがしたのですが、東京駅を丸の内側から見上げる度に、これからは「シン・ゴジラ」のゴジラを思い出すような気がします。

「シン・ゴジラ」の字も「終」の字も、昔風のレトロな字体でした。「シン・ゴジラ」の音楽は鷺巣詩郎さんだったのですが、昔の伊福部昭さん作曲のテーマ音楽もそのまま使われていたようでした。黒の背景に白い文字で書かれたスタッフの名前などが流れるエンドロールの場面に流れている曲がとてもかっこよかったので、少しも飽きることなくその字幕の画面を見続けることができたのですが、それは初代「ゴジラ」の曲でした。

それは後で分かりました。映画館へ見に行った「シン・ゴジラ」がとても面白かったので、その後、NHKのBSプレミアムの「プレミアムシネマ」で夏に放送され、録画をしておいたままになっていた映画「ゴジラ 60周年記念デジタルリマスター版」を見ることにしたのです(録画が消えていなくて良かったとほっとしました)。

1954年(昭和29年)の11月3日(「シン・ゴジラ」のゴジラが現れた日です)に公開された、最初の「ゴジラ」の映画です。原作は香山滋さん、脚本は村田武雄さんと本多猪四郎さん、音楽は伊福部昭さん、監督は本多猪四郎さんと円谷英二さんという白黒の特撮映画作品でした。

太平洋の小笠原諸島近海で貨物船が次々と原因不明の沈没事故を起こし、政府も仕方なく調査を始めたところ、大しけの続く日に現れるという大戸島の伝説の怪物・呉爾羅(ゴジラ)が実際に現れ、絶滅したはずのトリロバイト(三葉虫)が足跡のそばに落ちていたり、ガイガーカウンターが放射能を検知したりしたことから、ジュラ紀の恐竜の生き残りがアメリカの水爆実験によって住処を追われて浮上したのではないかと考えられるようになりました。そうして東京の街に上陸したゴジラは、破壊の限りを尽くし始め、古生物学者の山根恭平博士(志村喬さん)がゴジラの殺害しか考えられていないことを疑問視する中、政府は東京湾付近の住民たちを避難させての高圧電流による攻撃を仕掛けるのですが、一切利きませんでした。

被害者が増えていく現実をどうにか変えたいと思い始めた山根博士の一人娘の恵美子(河内桃子さん)とその婚約者の尾形秀人(宝田明さん)は、海に戻ったゴジラが再び上陸するのを阻止するための方法として、恵美子さんが兄のように慕っている科学者の芹沢大助博士(平田昭彦さん)を訪ね、芹沢博士が密かに研究開発していた「オキシジェン・デストロイヤー」という水中の酸素を消して生物の細胞を破壊する薬をゴジラ退治に使ってほしいと懇願しました。戦争で右目を負傷したらしき芹沢博士は、自分の研究はまだ完全ではなく、人の役に立つものにしてから発表したい、今この研究が為政者の手に渡ったら兵器として使われてしまうに違いないからと断り続けていたのですが、テレビから流れて来た慰霊の歌声を聴き、今苦しんでいる人々を救うため、ゴジラ退治にその研究を使う決意をしました。

研究資料を全て焼却した芹沢博士は、放射能から観測されたゴジラがいると思われる海の上に到着した船から、尾形さんと一緒にスーツを着て海底へ下り、岩陰にゴジラがいることを確認して、「オキシジェン・デストロイヤー」を発動させました。尾形さんはすぐに船へ引き揚げられたのですが、芹沢博士は綱を切断して海に残りました。自身の持つ研究の知識が為政者の悪事に使われないようにするために、ゴジラや他の海の生物たちと一緒に消滅することを選んだのでした。

1954年の特撮映画「ゴジラ」はこのような物語だったのですが、この62年前の映画「ゴジラ」は、とてもすばらしかったです。有名な「ゴジラ」シリーズの最初の作品ですし、今頃見たばかりの私が言うことではないかもしれないとは思うのですが、本当にとても良い映画でした。

この白黒の「ゴジラ」の映画を見始めて、2016年の映画「シン・ゴジラ」が初代「ゴジラ」への“オマージュ”というものに溢れていた作品でもあったことがよく分かりました。テーマ音楽がそのまま使われていたことも分かりました。

ゴジラが攻撃を受ける場面は、「シン・ゴジラ」の時と同じように、「ゴジラ」でも私にはやはりかわいそうに思えました。そのため、古生物学者の山根博士がゴジラを殺すことに否定的だったという部分も、古生物学者ではない私にもよく分かるように思えて、良かったです。

「シン・ゴジラ」の分子細胞生物学の牧悟郎博士(写真・岡本喜八監督)が海上の船の中に放射性廃棄物を体内に取り込む謎の生物の調査書と折り鶴を残して行方不明になった東京湾の場所は、芹沢博士がゴジラや他の海洋生物たちと共に海底で消滅した辺りだったのでしょうか。

「シン・ゴジラ」が怪獣映画というよりは政治映画であったのと同じように、最初の「ゴジラ」も、怪獣映画というよりは政治映画でした。政治家などの人たちによるゴジラ対策に関する話し合いの場面は、ゴジラが東京の街を破壊していく場面よりも多かったように思いました。特撮の怪獣映画ではあるのですが、原爆投下や水爆実験を恐ろしいもの、許せないものとして扱う感じというか、反戦、反核の精神がはっきりと描かれていた映画でした。

そして、そのような部分は、「シン・ゴジラ」よりも、昔の第1作目の「ゴジラ」のほうが明確でした。2016年の映画「シン・ゴジラ」になくて、1954年の映画「ゴジラ」にあったものは、ゴジラの襲来を受ける一般の人々への眼差しです。

初代「ゴジラ」では、被災地となった東京の街の人々の日常や人生のような部分も描かれていました。怪我をして運ばれていく母親を見て泣く子供の姿や、もうすぐお父さんのいるところへ行けるとゴジラを見上げながら死ぬ覚悟をする母子の姿や、迫り来るゴジラの実況中継を続けながら命を落としていく記者の姿がありました。

でも、「シン・ゴジラ」では、災害に遭遇した一般の人々は突然の出来事を面白がって撮影したり、ゴジラが背後に迫っているのにのんびり歩いて避難したり、急にパニックになって同じ道路に殺到したりしていました。実際に危機感の低い現代人の姿を表している場面だったのかもしれないですし、映画を見ていてリアルに思えたので、「シン・ゴジラ」のそのような場面が悪いということでは決してないのですが、62年前の映画「ゴジラ」を見て、昔の「ゴジラ」の映画のほうが、観客でもある一般の人々の側に寄り添っている作品であるように思えました。

東日本大震災から5年、第二次世界大戦から71年という今年の2016年の「シン・ゴジラ」で描かれていたのは、中枢の政治家や官僚や自衛隊や政府関係の科学者たちの活躍でしたが、第二次世界大戦から9年の1954年の「ゴジラ」で描かれていたのは、そのような立場の人たちの活躍ではなく、間違った方向へ進んでいく人類の近代科学文明への危機感と突然の得体の知れない巨大な脅威と向き合うことになった一人の科学者の葛藤でした。

「オキシジェン・デストロイヤー」の件を見た時、私は以前に再放送されていた何作かを見た、円谷プロダクションの特撮ドラマ「怪奇大作戦」のことを思い出したので、「ゴジラ」は社会派SF映画でもあったのかもしれないとも思うのですが、文明批判、政治批判、戦争批判、原爆・水爆批判のはっきりとした感じは、すごいなと思いました。

「シン・ゴジラ」では、「ゴジラ」と同じように、東京に上陸したゴジラに国会議事堂や銀座の時計台などが破壊されていましたが、「シン・ゴジラ」のゴジラが東京駅の丸の内口で止まり、皇居のほうへ行かなかったのは、映画としては良い配慮だったように思います。「シン・ゴジラ」に愛宕神社の場面があっても東京タワーの場面がなかったのは、映画「ゴジラ」の頃には東京タワーがまだ建設されていなかったからなのかもしれません。

ビキニ環礁でアメリカが行った水爆実験によって被曝した第五福竜丸の事件のあった年の映画「ゴジラ」の山根博士は、あのゴジラが最後の一匹とは思えない、もし水爆実験が続けて行われるとしたらあのゴジラの同類がまた世界のどこかへ現れてくるかもしれない、と原爆や水爆などの大量破壊兵器があり続けるかもしれない未来を心配していましたし、「シン・ゴジラ」の矢口さんも、今は辞めることはできないと、一旦凍結されているゴジラが活動を再開する(再稼働する)かもしれないことを心配していました。何十年もかかる原発の廃炉や放射性廃棄物処理の問題は、映画「シン・ゴジラ」の世界でも現実と同じだったのかもしれませんが、街の放射能汚染の問題に関しては、「シン・ゴジラ」のゴジラの放射能の場合は、濃度はそれほど濃くなく、すぐに消えていくものだという設定になっていたので、現実のチェルノブイリや福島の場合とは違っていたようにも思いました。

映画には描かれていませんでしたが、破壊されて焼け野原のようになった街の人々の生活は、過去や現代の現実にもそうであるように、人々の手で少しずつ復興・再建されていくのだろうと思います。

長くなってしまいましたが、ともかく、パラレルワールド的な、もう一つの東京の今の物語として、私も見に行くことができた今年の映画「シン・ゴジラ」はとても面白かったですし、有名な1954年の映画「ゴジラ」は、それ以上にとても良い作品でした。二作品とも私はまだ一度しか見ていないので、記憶が間違っている部分も多々あるかもしれませんが、登場したゴジラそのものは、どちらのゴジラも良かったです。少し怖いけれど、好きになりました。伊福部昭さんの作曲の「ゴジラ」のテーマ音楽がすばらしいということも改めて思いました。
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Author:カンナ
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