「悪女たちの真実 西太后」

先日のNHKのBSプレミアムで放送されていた「中国王朝 よみがえる伝説 悪女たちの真実 西太后」という番組を見ました。

清王朝の末期を50年近く支えたにも関わらず清王朝を滅亡させた元凶にもなった悪女とされる女帝・西太后とは本当はどのような人物だったのかを探るドキュメンタリー番組でした。タイトルに「悪女たち」とあるので、この番組はシリーズになっているのかもしれません。

中国の紫禁城などを旅していたのは、女優の戸田恵梨香さんと、作家の浅田次郎さんでした。私は、浅田次郎さんの小説『蒼穹の昴』は未読なのですが、以前NHKの総合テレビで放送されていた日中合作の連続ドラマ「蒼穹の昴」をとても好きで見ていました。そのドラマで西太后を演じていたのは女優の田中裕子さんでした。

浅田次郎さんは、悪女とされている西太后は、本当は政治に熱心な優しい女性だったのではないかと考えていました。

その「蒼穹の昴」の作者の浅田次郎さんがいたからなのかどうかは分かりませんが、番組では、2年前から一般公開されるようになったという、定東陵の、盗掘の被害を免れたという西太后の靴や着物や「寿」の書や掛け軸の梅の絵などが紹介されていたのですが、海外メディアには初めての公開ということでした。夏服も高いヒールの靴にもきれいな刺繍が施されていたのですが、西太后の身長は164cmで、足のサイズは27cmだったのだそうです。

当時の女性には珍しく父親の方針で読み書きができるように育ったという西太后は、咸豊帝のお后選びに参加して選ばれたのだそうです。お后選びへの参加は、清国全体の約1割しかいない満州族の女性の義務でもあったのだそうです。

「蒼穹の昴」のドラマを見ていたためか、私には、西太后に悪い人だという印象は特にないのですが、光緒帝から権力を奪い取って幽閉した西太后には、今でも悪い人だという印象が付きまとっているということでした。

1898年の8月6日に西太后が甥の光緒帝を幽閉した事件を「戊戌の政変」と言うそうです。番組では、台湾の大学の雷教授という方が新しく発見した、「戊戌の政変」になるまでの出来事を3年前、2か月前、前日、と追っていたのですが、雷教授の見つけた文献によると、これまでの保守派の官僚たちを追い出して革新派の若手による政治の近代化、西欧化を目指していた光緒帝を西太后が突然幽閉したのは、その背後にうごめくイギリスや日本の動きを察知したからだったようでした。

文献にあったイギリス人の「李提摩太」とは、イギリス人宣教師のティモシー・リチャードという人物のことで、リチャードは、清の光緒帝や革新派の官僚たちと共に清国の在り方を変えようとしていたのですが、そのやり方というのは、外国人を招いて外国人にまとめさせるというものだったようでした。文献には、リチャードが総理大臣を辞めたばかりの伊藤博文を光緒帝に会わせたということが書かれていました。

私はこのことを知らなかったように思うのですが、日本ではどのくらい知られていることなのでしょうか。長州とイギリスは幕末以降つながっていたようですから、イギリス人のリチャードと長州出身の元総理大臣の伊藤博文がお互いの利益を話し合って混乱しかけている清の皇帝に会うということもあり得ることであるように思えました。

光緒帝に退けられた保守派の役人からの連絡でそのことを知った西太后は、清が外国に乗っ取られる事態を防ぐために、急いで光緒帝を幽閉し、再び政治の実権を握ったということでした。西太后は、そうして外国人を排斥しながらも、光緒帝が進めようとしていた近代化の政策のいくつかは進めたそうで、漢族の風習だった女性の「纏足」を禁止して女性を解放し、漢族と満州族との結婚も解禁し、官吏に漢族を登用することも始めたそうです。

市中へ出て一般市民の中に入ることもあったという西太后は国民に圧倒的な人気があり、亡くなった時にはたくさんの国民が葬列を囲んだそうです。当時の西太后は「大母」や「国母」と慕われる偉大な存在だったようでした。

西太后は悪女であるとの印象を世間に与えたのは、イギリス人のエドモンド・バックハウスという人物による『西太后治下の中国』という英語で書かれた本が原因なのだそうです。当時の清にいたその人物は、スパイ活動をしていた人物だということが今では分かっているそうです。私はその人物のことも知らなかったですし、本も未読なのですが、清国の乗っ取り計画を西太后に見抜かれて退けられたイギリスが、腹いせに出したような本なのかなという感じもしました。ともかく、その本によって西太后の印象は悪くなったのだそうです。

そして、西太后の死後、満州族の役人たちが再び自分たちだけで政治を運営しようとしたため、少数の満州族に長い間支配され続けていた多数の漢族が反乱を起こし、西太后の死から僅か5年後の1912年、最後の皇帝の宣統帝(愛新覚羅溥儀)が退位し、清王朝は滅亡したということでした。

光緒帝は、幽閉されている間に病死したということなのですが、10年ほど前に行われた棺の遺髪の調査によって、大量の砒素を摂取して死亡したということが分かったそうです。この死については、番組では、西太后の命令で暗殺されたのではないかと言われていました。

浅田次郎さんとは別々に旅をしていた女優の戸田恵梨香さんは、葉赫那拉根正さんという方に会いに行っていたのですが、西太后がとてもかわいがっていたという弟の葉赫那拉桂祥さんを曾祖父に持つ方でした。部屋には、西太后が弟に贈ったという横書きの「寿者仁」の書がありました。右から読みます。優しい人は幸せになれるというような意味の言葉だそうです。それから、戸田さんは、葉赫那拉根正さんに、西太后が冬によく着ていたという着物を着せてもらっていました。絹の着物のようでした。黒地に刺繍のあるきれいな着物で、西太后が着ている写真も残されていました。すごいです。

西太后が書いたという「林為鳳翔」(これも右から読みます)という書の言葉が紹介されていたのですが、鳳凰は女性を指しているそうで、女性たちよ飛び立て、というような意味が込められているのだそうです。解説を聞いた戸田さんがかっこいいと言っていたのですが、女性解放の言葉だとするなら、本当にかっこいいなと思いました。

歴史的に、日本も外国も、権力を持つ人間には男性が多いようですし、権力を持った数少ない女性たちが「悪女」と呼ばれるなどして、悪い人だという噂を広められる背景には、もしかしたら、強い女性に対する男性の側の畏怖や嫉妬の念のようなものもあるのかなと思います。

徳川将軍家の江戸幕府は265年ほど続いたそうなのですが、満州族の愛新覚羅家の清は276年続いたのだそうです。このことを知った時には、大体同じくらいだったのだなと、少し不思議な感じがしました。江戸時代の終わりも、清王朝の終わりも、西欧の影響と内戦でした。植民地的にされるとしてもされないとしても、西欧列強の武力や経済力や思想に支配されていく当時の時代の流れというのは、強いものだったのかもしれないなと改めて思いました。

西太后がもしも光緒帝を幽閉しなかったなら、清はどうなっていたのでしょうか。そのままイギリスや明治の日本に支配されていたのでしょうか。それとも、欧米や日本の影響はあったとしても、植民地的になることはなかったでしょうか。満州国の再建を目指して結局日本に裏切られてしまったという、「男装の麗人」として有名な清の王女の川島芳子さんのことを少し思い出します。

ともかく、今回の西太后の特集を、私も見ることができて良かったです。約1時間の番組でしたが、興味深く見ることができました。面白かったです。
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