映画「あん」

NHKのBSプレミアムで放送され、録画をしておいた映画「あん」を見ました。

2015年に公開された、日本(名古屋テレビ)とフランスとドイツの合作映画でした。

桜の咲く季節のよく晴れたある日、公園の前のどら焼き店「どら春」の雇われ店長の千太郎(永瀬正敏さん)は、訪ねてきた手の少し不自由な老婆・徳江(樹木希林さん)にアルバイトとして雇ってほしいと頼まれ、怪訝に思って断るのですが、数日後、徳江さんの持ってきた手作りのあんを何気なく試食し、そのおいしさに驚きました。そして、カナリアを育てている中学生のワカナ(内田伽羅さん)の進めもあり、徳江さんにお店を手伝ってもらうことにしました。

「どら春」で働くことができると決まって喜んだ徳江さんは、お天道様が昇る前にあんを作る作業を行うことにしました。早朝の店内で小豆から煮て作る徳江さんのあんを使うようになったどら焼きの味は評判になり、行列のできるどら焼き屋さんになりました。それまでは業務用のあんを使っていたという千太郎さんは、徳江さんに本当のあんの作り方を教わり、小豆が畑から来たことまで考えて作る徳江さんのことを尊敬するようにもなっていきました。

しかし、ある日、「どら春」に来たオーナー(浅田美代子さん)は、徳江さんには「らい」だという噂があると千太郎さんに言いました。徳江さんの住所のメモを見たオーナーは、ここはハンセン病の患者を隔離する施設だと言い、先代が補償金の肩代わりをしたという千太郎さんにまだ借金は残っているのだと脅すように言って、徳江さんを辞めさせるよう迫りました。

悩んだ千太郎さんは、翌日お店を休むという連絡をしたのですが、すでにお店に来ていた徳江さんは、どら焼きを買うために並んで待っていたお客さんのために開店し、接客もしてその日を終えました。そのことを知った千太郎さんは、徳江さんに接客も頼むことにしたのですが、ハンセン病の噂のためなのか、お客さんが来ない日が増えるようになりました。千太郎さんが言い出すことはできなかったのですが、徳江さんは噂のことを察したようにお店を辞め、千太郎さんの前に現れることもなくなりました。

徳江さんを助けることができなかった自分に苛立ち、お酒を飲む日々を過ごしていた千太郎さんは、徳江さんに会いに行かないかとワカナさんに誘われて、カナリアの鳥かごを抱えたワカナさんと二人でバスに乗り、ハンセン病の療養施設へ向かいました。徳江さんは、再会した千太郎さんとワカナさんに、洋菓子を作るのが得意な友人の佳子(市原悦子さん)を紹介し、ワカナさんと同じくらいの年に兄と共にハンセン病の患者として施設に入ることになった自分の思いを二人に話し始めるのでした。

脚本と監督は河瀬直美さんでした。原作は、私は未読なのですが、ドリアン助川さんの小説『あん』です。

原作者のドリアン助川さんという方のことを、私は少ししか知らないのですが、昔、「ドリアン助川の正義のラジオ!ジャンベルジャン!」というニッポン放送の深夜のラジオ番組を、毎回ではないのですが、よく聴いていました。「叫ぶ詩人の会」というバンド?の方で、リスナーからの相談に誠実に答える人という印象がありました。(「ドリアン助川の正義のラジオ!ジャンベルジャン!」は、その後、「オールナイトニッポン」に復帰した福山雅治さんの「魂のラジオ」という番組に代わりました。)

映画の物語にはハンセン病のことが扱われていたのですが、ハンセン病の患者の悲劇の歴史を伝えるというものではなく、それはむしろこの社会に生き辛さを感じている人の象徴というか、代表というか、そのような要素として描かれていたのかなと思います。

ワカナさんが育てていて、育てることができなくなって徳江さんに預けることにした鳥籠の中のきれいな黄色のカナリアも、そのような存在だったのかもしれません。

徳江さんが亡くなるという展開、あるいは千太郎が後悔の日々の中で徳江さんを亡くすという展開は、予想できるものだったように思うのですが、身近な自然の風景とそれを映す光が印象的で、徳江さんと千太郎さんとワカナさんの場面は優しくて、ほのぼのとしているのと、先の見えない未来に息が詰まりそうになるのとで、シンプルな話なのだとは思うのですが、複雑な気持ちになる話でもありました。

春の桜の頃に徳江さんは千太郎さんの前に現れ、初夏の頃にはどら焼き屋さんには行列ができていたのですが、夏の間に噂が広まって徳江さんはお店を辞めることになり、千太郎さんとワカナさんへのメッセージを吹き込んだテープを和菓子を作る道具を遺してその年の秋に亡くなりました。

千太郎さんは、「どら春」がオーナーの指示でお好み焼きとどら焼きのお店に改装することになり、その甥を店長として迎えなければいけないことに苛立っていたのですが、徳江さんに励まされた千太郎さんは、徳江さんと出会った一年後の、次の春の桜の頃には、公園にどら焼き屋の屋台を出していました。徳江さんのあんを受け継いだ千太郎さんの決意したような「どら焼きいかがですかー!」の声を聞いた子供が、どら焼きを買いに来た声で、映画は終わっていました。

「店長さん、私たちはこの世を見るために、聴くために生まれてきた。だとすれば、何かになれなくても、私たちには生きる意味があるのよ」という徳江さんの言葉が良かったです。

小さい子供の多くは、小さい頃から、大きくなったらは何になりたいのと訊かれたり、将来はこのようになりなさいと言われて育つように思うので、何かにならないという生き方は選ぶことができないというか、何かにならない人、何かになれない人というのは、社会的には(社会性の強い人々の間では)無価値な存在と思われたり、存在が消されたようになったりしまうのだろうと思います。

樹木希林さんの演じる徳江さんの、「何かになれなくても、私たちには生きる意味がある」という言葉を聴いて、私も少し救われたような気持ちになったのですが、その一方で、何かになれないという人生が本当に良いものなのかどうかを迷う気持ちにもなりました。映画の中に描かれていたハンセン病の徳江さんは、辛い人生を送りながらも、世界の中に幸福を見出し、人生と世界とを肯定することができた人なのだと思います。その一方で、この映画を見た私はまだ、人生と世界とを肯定することができないということなのだろうと思います。

母親(水野美紀さん)の生き方に悩まされていた中学生のワカナさんを演じていた内田伽羅さんは、樹木希林さんの本当の孫の方なのだそうです。このように言って良いのか分からないのですが、棒読みの淡々とした感じが、スタジオジブリのアニメ映画のようというか、そのような話し方に若さと素朴さが出ていて良かったです。

徳江さんがハンセン病だという噂によって「どら春」の客足が途絶えたのかどうか、はっきりとは描かれていなかったのですが、映画の中で徳江さんの病気のことを話していたのは、「どら春」のオーナーと、ワカナさんの母親でした。映画を見ていて、「噂が広まる」という言い方は本当は「噂を広める」ということなのかもしれないと思いました。「噂が広まる」だと何だか自然災害のようですが、そうではなくて、良くない噂が広まっているのは、悪意があるか無知である誰かが広めているからなのではないかと思います。

お墓を作らずに木を植えるという施設の徳江さんの木の上の空に、千太郎さんとワカナさんを見ているように、昼間の白い月が浮かんでいるという感じも良かったです。どら焼きの屋台を始めた千太郎さんと、高校生になったワカナさんは、自分の人生をどのように生きていくことになるのでしょうか。静かで優しい雰囲気の良い映画でした。
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