「真昼の悪魔」第2話

フジテレビの「オトナの土ドラ」のドラマ「真昼の悪魔」の第2話「実験 幼き者をつまづかせる者は」を見ました。

第2話は、教会の懺悔室で神父(伊武雅刀さん)から聖書を読んで学ぶことを勧められた関東女子医大付属第三病院の外科医の大河内葉子(田中麗奈さん)が、マタイによる福音書の18章6節(「わたしを信じるこれらの小さな者の一人をつまずかせる者は、大きな石臼を首に懸けられて、深い海に沈められる方がましである。」)を読み、小児病棟に入院中の、屋上で仲良く蟻を水で溺れさせる遊びをしていた小さな男児・坂本武と女児・竹居京子の姿を見かけ、京子さんの退院の日が近いことを寂しがる武さんが、まだ治らなけらばいいのに、と呟くのを聞いて、ある実験を思い付く、という話でした。

京子さんのカルテを読み、京子さんに重度の大豆アレルギーがあることを知った葉子さんは、大豆を使ったクッキーを武さんと一緒に食べながら、欲しいものがあるのなら行動しなければ手に入らないと、勇気を出して行動することを勧め、クッキーを京子さんに食べさせるよう言いました。

武さんは迷いながらも同室の友人の京子さんにクッキーを渡し、京子さんはアナフィラキシーショックを引き起こして生死の境を彷徨いました。助かった京子さんは落ちていたクッキーを拾って食べたと医師たちに話したようで、クッキーのことで武さんが責められることはなかったのですが、武さんは自分の行いに罪悪感を感じていました。

葉子さんは、京子さんのお見舞いに来た母親に、武君がクッキーを食べているところを見たと話し、京子さんは武さんの病室から別の病室に移されました。悲しくて泣きだした武さんが、嘘つき、と葉子さんを責めると、葉子さんは、黙りなさい、と一蹴し、母親さえいなくなれば京子さんは戻って来ると、勇気を出して行動することを再び勧めました。それは、葉子さんの母親がよく使う階段に固形ワックスを塗っておくことでした。やりなさい、と葉子さんに命じられた武さんは、戸惑いながらも実行し、京子さんの母親は、階段から足を滑らせて転落し、肋骨を折るという大怪我を負いました。

罪悪感を感じる武さんがその後恐る恐る京子さんの病室を訪ねると、京子さんは、ドアのところに立っている武さんを見て、遊ぼうと笑顔で言いました。武さんは嬉しくなって、これからもずっと友達でいようねと京子さんと約束し、二人で行った屋上で、坂の塀の上を歩き始めたのですが、そこで突然京子さんから、悪って知ってる?と訊かれました。そして、自分を真っ直ぐに見る京子さんから、勇気を出して行動することだって、と言われた武さんは、驚いて足を滑らせて塀の上から転落し、頭を打つ大怪我を負って緊急搬送されました。

京子さんは、葉子さんから武さんの行いを教えられていたようでした。葉子さんが京子さんに、後悔しているか、武君に悪いことをしたと思っているかと尋ねると、京子さんは首を横に振り、教えてくれてありがとうと葉子さんに笑顔を見せました。幼い京子さんは、葉子さんのように、罪悪感を感じない子供だったようでした。

一方、入院中の小説家志望の青年・難波聖人(中村蒼さん)は、病院内の患者の連続死についてさらに独自に調べようと、精神科病棟の立ち入り禁止区域に入ろうとして看護師たちと言い争いになり、大学の先輩でもある外科部長の吉田誠(鈴木省吾さん)から、病院を敵に回すなと注意されました。

葉子さんが武さんにクッキーを食べているところを目撃した聖人さんは、武さんに話を聞こうとしているところを葉子さんに見つかり、その後、謎の腹痛に襲われるようになったことから、葉子さんが食事に下剤などを混入したのではないかと疑うようになりました。聖人さんは、死亡した患者の名前の書かれたメモを見せながら、そのことを直接葉子さんに訊ねようとしたのですが、葉子さんは、聖人さんの大腸の検査の結果ステージ1の癌が見つかったと腫瘍の写真を見せ、驚いた聖人さんは、葉子さんを疑ったことを謝り、私なら手術できるという葉子さんに癌の治療を任せることにしました。聖人さんが診察室を出て行った後、葉子さんは聖人さんの手から抜き取ったメモを破り捨てていました。

葉子さんは、病院にまで来るようになったホテルの御曹司の大塚光(大倉孝二さん)を翻弄しながら、公園のベンチに座っている謎の初老の男(村井國夫さん)に親しそうに話しかけていたのですが、その男性は、葉子さんの父親だったようでした。

武さんと京子さんに「悪」を教えることに成功した葉子さんは、教会の懺悔室でそのことを神父さまに告白しました。神がいるのならどうしてこの世に苦しんでいる人間がたくさんいるのか、どうして自分のような人間を罰しないのかという葉子さんに、神父さまは、神は見守っているのだと答えていたのですが、葉子さんは、神様がいるのなら悪魔はここにいると伝えてくださいと言い、父親殺しをほのめかしました。

脚本は香坂隆史さん、演出は森雅弘さんでした。

第1話を面白く思えたので、第2話も見てみたのですが、第2話も面白かったです。今の夜9時台や10時台には放送されないドラマかもしれないというか、深夜の11時台や12時台のドラマだからこそ放送することのできるドラマなのかもしれないと思いました。

田中麗奈さんの演じる葉子さんの、悪の突き抜けた感じが、怖いのですが、ドラマとしては面白いです。老人だけではなく、幼い子供にも容赦ないです。でも、葉子さんは、自分の悪への衝動を、止めることができるものなら誰かに止めてほしいとも思っているようですし、良心の呵責という感情を持ちたいとも思っているようです。

俳優さんたちも、脚本や演出も良いのだと思いますが、ドラマの音も何だか怖いですし、最後の公園の場面の葉子さんの、「お父さん!」と何かを思い付いたように元気そうに振り返ったところでぶつ切りのように終わっていた演出(編集でしょうか)も、はっとする感じがして、良かったです。物語の続きが気になる終わり方だったように思います。次回も楽しみにしていようと思います。

それにしても、本当に神様がいるのならどうして苦しんでいる人々は救われないのか、という素朴な問いに、明確な答えが出されたことはないように思えるのですが、もしかしたら、神様は人々を救済する存在だという前提が、そもそも間違っているのかもしれません。旧約聖書や新約聖書の神様のように、日本の神道や仏教でも、一応、神様は人々を救済する存在(人々の暮しに関わる存在)とされているので、その前提が間違っていると私が思うのももしかしたら間違っているのかもしれませんが、あるいは、例えばこの世界が“全知全能の神様”によって作られたものだとして、その神様は、もうとっくに人間に興味を失くしているということは考えられないでしょうか。

もしも神様(何らかの意志を持つ存在としての神様)が、人間の善悪にも、それによる人間の救済や罪の罰にも、興味を失っているのだとしたら、人間たちの発言や行いを見守っているということもないのかもしれないなと、昨夜のドラマを見終わってから何となく思いました。

先日のNHKのBSプレミアムの「英雄たちの選択」は、「悲劇のキリシタン弾圧~大人になった天正遣欧使節の決断~」という特集で、面白かったのですが、その中で、天正遣欧使節の四人の内の一人の千々石ミゲルが、仏教を排斥する活動を行ったり奴隷を作ったりするキリシタンたちの姿に絶望して、キリスト教の宣教師たちの真の目的は日本の支配だと考えるようになり、次第にキリスト教と距離を置き始め、千々石清左衛門と名前を変えて、どの宗教の神も信じない者になったのではないか、というようなことが言われていました。

私は、いるかいないかと訊かれればいるのかな、というくらいには、一応神様はいると思っているほうだと思いますが、それは、何教の神様とかではなく、もっと漠然とした、自然の中の神様というか、そのような神様です。神を信じるかどうかという話の時の神様は、一神教的神様(信者の方たちがイメージし易く、共通認識を持ち易いような、名前を持つ特定の神様)のことが多いように思いますが、そのような神様を信じる者と信じない者との違いは、考え方や生き方の差というか、感覚の差であるような気もします。ユダヤ教やキリスト教やイスラム教の神様は、信じない者に罰を与えることを是としているようですが、私の思う神様は、信じることを強制しないし、信じていても特に褒めないし、信じていなくても特に罰を与えようとしたりしない神様です。あまり人間的ではない感じの、風や光のような神様です。
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