「見えない“貧困”~未来を奪われる子どもたち~」

「NHKスペシャル」の「見えない“貧困”~未来を奪われる子どもたち~」という特集を見ました。先日の深夜の再放送を録画しておいたものです。

今の日本社会では、6人に1人の子供が「相対的貧困」の状態に置かれているそうです。番組の解説によると、発展途上国とか開発途上国と呼ばれている国の貧困は「絶対的貧困」で、先進国と呼ばれている国の貧困は「相対的貧困」なのだそうです。相対的貧困というのは、文字通りに、周囲の人たちと比較して分かる「貧困」ということだそうで、全体の平均(豊かでも貧しいわけでもない人)を基準にして、その半分以下の生活状態のことを指すのだそうです。

「相対的貧困」の話は、NHKなどでも何度か聞いたことはあるのですが、何度聞いても私にはよく分からない部分が残ってしまうため、今回の特集も見てみることにしました。でも、今回の特集を見ても、「相対的貧困」という言葉の定義が指す状況が具体的には何なのか、どのような対策がなされれば解決されるのかということは、私にはいまいちよく分かりませんでした。

「未来を奪われる子どもたち」というサブタイトルの今回の番組を見て少しだけ分かったことは、「相対的貧困」とされる家庭の親は非正規雇用で働いているためにその収入が少なく、子供たちの中にはアルバイトで生活費を稼いで親の収入を補っている人がいること、忙しく働いてもいつまでも楽にならない親の姿を見て育つ子供たちの中には大人になっていく自分の将来に希望を持つことができない人がいるということでした。

自分の将来が楽しみかというアンケートの設問に、楽しみじゃない、と答える小学生の男の子の話を聞いていて、私も少し泣きそうな気持ちになりました。自分になぜか自信を持つことができない、働いている大人たちがとても大変そうに見える、だからいつか大人になるかもしれない自分の将来が楽しいものだとは思えないというような考えを持ってしまう子供に、豊かか貧しいかはあまり関係がないようにも思えるというか、その人の感性の問題であるような気もしました。

豊かな生活環境に暮らしていても(例えばお釈迦様になったシッダールタのように)人生の苦しい部分を見て思い悩む人はいるだろうと思いますし、貧しい生活環境に暮らしていても人生の暗い部分を見ようとしない、あるいは見ても気にならないような人もいるのだろうと思います。

「相対的貧困」の例として番組で紹介されていた家庭は、「相対的」かどうかはともかくとしても、普通に貧しい家庭なのだろうと思いました。普通というのは、昔からある貧しい家庭というような意味です。

昔と違うのは、昔よりも今は、国から半ば強制的に支払いを要求される保険料金が値上がりしていたり、学費や医療費が値上がりしていたり、社員やパートやアルバイトの仕事をする場合にスマートフォンなどを持っていなくてはいけなかったり、学校の勉強にもパソコンが必要だったり、インターネットに接続することができる環境が必須になっていたり、というように、正規雇用の仕事の割合が減ってそれよりも給料の少ない非正規雇用の仕事が増えている中で、日々の生活にかかるお金は年々増えているということなのかなと思います。

進学のための学生ローンの説明を受けていた生徒が、もう嫌だ、と泣きそうに呟いているのを見ていて、やはり学費が無料になればいいのかもしれないと思いました。そのために維新の会が提案しているように『日本国憲法』の改正をする必要はないと思いますし、改憲で学費を無料にするよりも法律の改正で学費を無料にする方が圧倒的に早いと思いますが、ローンを組まなければ進学することができないような子供たちの環境は、早く改善されるといいなと思いました。

世の中には様々な人がいて、その能力も様々なのだろうと思うので、その点で、貧しい親の元で育った子供も貧困の生活に陥りやすいというような貧困の連鎖の問題は、私には、やはり個人の責任というよりは、社会問題であるように思えます。非正規雇用の人の生活が本当に大変だということが一方では報じられているのに、例えばテレビではアルバイトのCMや派遣社員のCMが流れていて、何だか不思議に思います。今の政府は、経済状況が良くなっているのだと主張していますが、そうは見えないですし(原発事業や軍需産業や海外への投資にはお金をかけているように見えますが)、社会のシステムの悪い部分がこのまま改善がされなければ、日本の社会における日本人の数は一層減るだけのようにも思います。

ただ、何というか、すごく貧しくなくても、借金などをしない場合は、持っているお金の中からしかお金を使うことはできないので、一応優先順位を付けてどうしても必要なものからお金を使うようにすると思うのですが、番組では、例えば昔のお昼の情報番組?にあったような、経済の専門家の方がある家庭の家計簿をチェックしてアドバイスをするというようなことはありませんでした。

生活の具体的な改善策よりは、日本には「相対的貧困」の家庭が増えている、「相対的貧困」は外からは見えにくい「貧困」なのだ、ということを伝えていただけだったようにも思います。

このような番組を通じて少しでも社会の現状が伝えられることは良いことだと思うのですが、「相対的貧困」というものが実際にはどのようなものなのか、「相対的貧困」の家庭と普通の?貧しい家庭との違いは何なのかということは、番組を見ていてもよく分かりませんでした。

小学生の子が宿題をしながら母親が忙しいことについて訊かれて、寂しい、と答える映像がありましたが、一人親家庭や経済的な問題のために共働きの家庭が増えるのなら、その家の子供たちはいわゆる「鍵っ子」になるだろうと思います。近年には「鍵っ子」という言葉はあまり使われていないかもしれませんが、私の小学生の頃には、家に親がいなくて鍵を持っていなければ家に入ることできない子は、「鍵っ子」と呼ばれていました。寂しいこともあったかもしれませんが、楽しいこともあったかもしれません。昔のNHKの「みんなのうた」には、「泣いていた女の子」という歌がありました。寂しいような、少し怖いような感じでもあるのですが、絵もかわいくて、好きな歌でした。

外から“見える”か“見えない”か、ということに関しては、汚れている靴に穴が開いていたり、毎日ほぼ同じ洋服を着ているとすれば、それは外から見える貧困であるように思えます。例えばアルバイトが許可制の学校であるなら、学校側はアルバイトをしている子供の環境を知っているのではないでしょうか。隠そうとしても隠し切ることができないものであるなら、“見えない”貧困、“見えない”貧しさとは、一体何なのでしょうか。近所の人たちや学校がある貧しい家庭の子供たちに心を寄せることができるかというような、世の中の関心の問題なのでしょうか。

本を買うことができないとして紹介されていた家の子供が唯一持っている本が、親戚の人が子供の頃に使っていたという信じられないほど保存状態の悪い古い図鑑だったことにも、少し驚きました。

番組で紹介されていたアンケートの項目では、「漫画」や「雑誌」と「(教科書以外の)本」とが分けられていたのですが、「漫画」や「雑誌」はあるけれど「本」を買うことができないということなのだとしたら、それは本よりも漫画や雑誌を読みたいということであるように思います。本を買いたい場合には、新刊書店で買う以外に「ブックオフ」のような古書店で安く買うこともできるように思います。インターネットの古書店もあります。それに、本を読みたいけれど買うことができない場合のためにも、学校や地域には図書館という施設があるのではないかなとも思います。

「本」は買うことはできないけれど「漫画」を買うことはできるというような例について、それを親の意識の問題だと片付けることもできるかもしれないとは思うのですが、「貧困」が親から子へ“連鎖”するものであるとするなら、その親もまた「貧困」の家庭に育った人だったということなのかもしれません。育った環境が深く影響するのなら、それは「意識を変える」ということが、その環境に育っていない人が考えるほど、簡単にできるものではないということでもあるような気がします。

番組によると、「相対的貧困」の家庭で育つ子供の問題点は、周囲の他の「貧困」ではない子供たちと比べて、「経験」や「体験」が少ないというところにもあるようだったのですが、お金がないから学習塾や習い事に通うことができない、お金がないから旅行に行くことができない、というようなことは、それほど珍しいことでしょうか。『ドラえもん』には、しずかちゃんやスネ夫の旅行の計画を聞いたのび太くんが旅行に行きたいと母親に頼んでうちは赤字だから無理だとすぐに断られるという場面がよくあったように思いますが、野比家は今だったなら「相対的貧困」の家庭かそれに近い家庭ということになってしまうのでしょうか。

番組を見ていて、「相対的貧困」なる状況を改善するためには、世の中から賃金の低い雇用形態をなくすというのが一番良いような気もしたのですが、日本全体の経済状況は良くなりそうにないですし、企業は少しでも人件費を安くしたいようですし、(極端なことですが)日本の国が政府によって国民全員の生活をほぼ一律にする“共産主義国家”のようになるか、社会的才能があって裕福な特権階級?の人以外は子供を持たないようにするかしか方法がないのではないかというような気もしてきて、暗い気持ちになりました。

「相対的貧困」の家庭とは結局どのような種類の貧しい家庭を指すのか、どうすれば「相対的貧困」という状況が改善されるのか、ということはよく分からないままではあるので、分からないまま何かを言うことはできないようにも思うのですが、少なくとも、仮に人生には努力をすることや画期的なアイデアで危機的状況を乗り切ることなどが必要なのかもしれないとしても、努力をすれば報われるはずだ、報われていないのは懸命に努力をしていないからだ、というような論法では、いつまでも解決しない、不幸な社会問題であるように思いました。
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Author:カンナ
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