「アナザーストーリーズ」の日本国憲法の特集

先日のNHKのBSプレミアムの「アナザーストーリーズ 運命の分岐点」の「誕生!日本国憲法~焼け跡に秘められた3つのドラマ~」を見ました。

三つのうちの一つ目は、幼い頃から15歳の頃まで日本に暮らし、日本語を含む6か国語を話すことができたことから、第二次世界大戦の終戦後の1946年の2月4日からのGHQ民政局の25人による日本の新憲法草案作りに女性として唯一参加し、男女平等の視点から日本の女性の権利を高めるために『日本国憲法』の第24条の条文の元となる草案を書いたという当時22歳の、作曲家の山田耕筰とも親しかったピアニストのレオ・シロタさんを父親に持つオーストリア出身のベアテ・シロタ・ゴードンさん(2012年の12月に89歳で亡くなったそうです)の話でした。

ベアテさんの話によると、「男女平等」の条文の記載について、当時の日本政府は、これは「日本の国民に合わない」、「日本の歴史に合わない」、「日本の文化に合わない」と削除を主張していたそうなのですが、GHQ民政局次長のチャールズ・ケーディス大佐が後押しをしてくれたのだそうです。

二つ目は、GHQが草案作りを始める約1か月前の1945年の12月26日に首相官邸に提出され、日本政府には無視されたけれどGHQには衝撃を与えたという、『日本国憲法』にも記された「象徴天皇」や「国民主権」や「生存権」や「基本的人権」についても書かれた『憲法草案要綱』を作成した「憲法研究会」の7人の日本の民間人の話でした。

その草案についてのGHQ民政局法規課長のマイロ・ラウエル中佐の、みんなでなんていい案なんだろうと話しました、この民間草案を基にいくつか修正すれば大いに満足できる憲法を作ることができるというのが私の見解でした、との音声がアメリカのミズーリ州のトルーマン・ライブラリーに保管されていたテープに残されていました。

終戦直後に発足した「憲法研究会」の7人(高野岩三郎さん、鈴木安蔵さん、馬場恒吾さん、杉森孝次郎さん、森戸辰男さん、岩淵辰雄さん、室伏高信さん)のうちの唯一の憲法学者の鈴木安蔵さんの孫の早稲田大学教授の鹿島徹さんによると、鈴木安蔵さんは当時の日本の「言論弾圧」に苦しめられていたようでした。晩年の鈴木安蔵さんは、インタビュー映像の中で、やはり新しい国家がスタートする時に明治憲法ではいけないでしょう、だから明治憲法は単なる改正ではなく根本的にこれは排除して、そして新しい民主的な憲法を作らなければならないと、そういう意欲に燃えたわけです、と話していました。

鈴木安蔵さんは、軍国主義に染まっていった戦時中にその流れに飲まれて戦争を肯定し賛美する本を数冊書いて大東亜共栄圏の建設に関与したことがあったということを後悔していたようで、そのことを後に孫に、「あの頃は奴隷の言葉で書かなければいけなかったんだ」という風に話していたのだそうです。鹿島さんは、そのことを深く恥じていたのだと思いますと話していました。

この1945年の12月26日の「憲法研究会草案」を元に、翌年の1946年の2月12日の「GHQ草案」が作られ、それを修正した同じ年の3月6日の「日本政府案」となったのだそうです。6月、帝国議会の最終審議で、社会党の議員となった経済学者の森戸辰男さんは、政府案を経る間に削除されていたという「生存権(人間が人間らしく生きることができる権利)」の復活を求めて、国民の最低限の経済的保障をするシステムを国が作るべきだ、国が国民を経済的に守るべきだという内容の演説を行い、その結果「生存権」は取り入れられることとなり、今の『日本国憲法』の第25条となったのだそうです。

三つめは、終戦直後にGHQの指令で日本からの独立(日本領域からの除外)を言い渡された当時の伊豆大島の島民たちが「伊豆大島共和国」のために考えた「大島暫定憲法」の話でした。

1997年に報じられたそうなのですが、私は知りませんでした。「大島暫定憲法」は、独立を言い渡された島の六つの村の村長や島民たちが話し合い、10年間東京で教師を務めた後大島元村へ戻り村長に就任したばかりの柳瀬善之助さんがリーダーとなって「理想郷大島」の建設に向けて動き始め、『日本国憲法』が公布される約8か月前の1945年3月に完成したものだそうなのですが、その中には島民主権や平和主義(萬邦和平)が謳われていのだそうです。

元陸軍兵士の92歳の高田八郎さんは、当時毎日のようにB29が大島の上空を通って東京へ飛んで行くのが見えた、各部隊に配属された時点でもう惨憺たるものだった、大島には川がなく水がなくましてや8月なので、もし戦争があと3か月間続いていたら餓死していたでしょうね、もうたくさんだね、戦争は嫌だねと話していました。

「皇都・東京」の最後の砦として一万人の日本軍に占拠されていたという大島の島民たちは、戦後、戦争をしたら絶対に良いことはない、世界中の人が仲良くする平和が大切だという気持ちで、憲法を考えたのだそうです。

柳瀬さんが発行していた新聞「もとむら」は、とても民主的な新聞で、様々な島民たちから声が寄せられていたそうです。投稿していた一人のお茶屋の主人の高木久太郎さんは、敬虔なクリスチャンで、三原山の自殺者を止めるためにお茶屋さんを作ったという方でした。

島民の中に憲法学者はいなかったそうなのですが、権力分立の考え方もできていたのだそうです。国会に当たる議会があり、内閣に当たる執行委員会があり、それを取り囲んで監視するのは全島民という、権力の暴走を抑えるシステムも考えられていたそうです。

2か月の議論の末、1946年3月下旬、算定憲法は完成したのですが、数日後の3月22日、行政分離は解除され、日本へ復帰したということでした。独立を言い渡されてから復帰するまでは僅かに53日間だったそうなのですが、島民たちは、その後もその暫定憲法を作った時の思いを活かし、今大島の中学校の歴史の授業では「日本国憲法」のことと一緒に「大島暫定憲法」のことも教えているのだそうです。

明治憲法が作られる前の明治時代の初期に作られたという東京都五日市の「五日市憲法」のドキュメンタリー番組をNHKで以前に見た時にもすごいなと思ったのですが、「大島暫定憲法」が作られたことも、すごいなと思いました。みんながそれについて真剣に考えるなら、少人数でも、“エリート”でなくても、普遍的な良いものを作ることができるのだと思います。

憲法の一条一条、そこには人々の喜びや悲しみ、願いや祈りが込められている、という俳優の濱田岳さんのナレーションで、ドキュメンタリー番組は終わっていました。ナビゲーターは女優の沢尻エリカさんでした。

「憲法研究会」が“7人の侍”ならドラマになりそうだななどということも思いながら見ていたのですが、過去には映画やドラマになったことがあるようでした。

江戸幕府を終わらせた新政府によって明治時代に作られ敗戦前まで使われていた「明治憲法(大日本帝国憲法)」を良いものだと考え、敗戦後に作られた「新憲法(日本国憲法)」の改憲を目指している今の自民党が当時の軍国主義時代の名残を受け継いでいるのだとするなら、軍国主義や言論弾圧や統制経済を否定する憲法研究会の7人によって考えられた「憲法草案要綱」を高く評価したGHQによる草案を基にした日本政府による「日本国憲法」を、自民党の保守派?の議員たちが良く思わないという流れも、今回の番組を見ていてもう少し分かるような気がしました。国民の権利を今よりも減らしたり制限したりする自民党の改憲草案について、野党時代に作ったものだと言いながら、自民党はまだ撤回していません。

報道によると、天皇陛下の譲位(退位)については全ての政党が支持したということなのですが、自民党(や公明党などの取り巻きの党?)の議員さんたちは、「皇室典範」という法律を改正して制度化するべきとする民主党などの野党の考えに対して、今上天皇陛下にだけ適用する一代限りの特例法で済ませようとしているようなので、その人たちが「日本国憲法」を「明治憲法」に比べて軽んじているのだとするのなら、もしかしたら「日本国憲法」に記された象徴天皇としての立場を守っている今上天皇陛下を、意図的に“違憲”の状態にしようとしているということなのかもしれないなという風にも、何となく思えてしまうような気がします。

ともかく、今回の「アナザーストーリーズ」の憲法の特集を私も見ることができて良かったです。


ところで、昨夜に何気なく点けたTBSラジオの「Session-22」では、大阪府豊中市の国有地払い下げ問題が扱われていて、生放送番組に電話で出演していた学校法人・森友学園の籠池理事長という方に評論家の荻上チキさんがその土地の購入金額や「安倍晋三記念小学校」の名前や埋まっていた大量のごみ(運動場の下のごみは埋まったままになっているそうです)や差別的な発言などについていくつかの質問をしていたのですが、荻上チキさんがその理事長の方の話を最後まで冷静に丁寧に聞くことができていたのは、さすがだなと思いました。私はラジオから流れてくるインタビュー形式の会話を聴いていただけなのですが、とても疲れたような気持ちになってしまいました。
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