井上有一さんの書「噫横川国民学校」

今日は、東京大空襲から72年目の日です。

私は第二次世界大戦の太平洋戦争を直接に体験していないのですが、先日のBS朝日の「ザ・ドキュメンタリー」では、「東京が焼き尽くされた日~今語る東京大空襲の真実~」という、東京大空襲に遭遇し壮絶な戦災の現場を見た方の貴重な証言を俳優の大野拓朗さんが聴くという特集の再放送を見て、戦時下の惨状を少しだけ知ることができました。

昨夜のNHKのBSプレミアムでは、「英雄たちの選択」の番外編の「昭和の選択」が放送されていました。「東京大空襲が生んだ悲劇の傑作『噫横川国民学校』」という特集で、書家の井上有一さんという方の特集でした。司会は歴史学者の磯田道史さんと渡邊佐和子アナウンサー、スタジオのゲストは明治大学教授の齋藤孝さんと埼玉大学教授の一ノ瀬俊也さんと東京藝術大学の大学美術館館長の秋元雄史さんでした。語りは松重豊さんです。

書のこともよく知らない私は、書家の井上有一さんのことも、その方の「噫(ああ)横川国民学校」という書のことも、全く知りませんでした。その書は、ピカソの「ゲルニカ」にも匹敵すると評されているそうです。番組で紹介されていた写真の井上さんは眼光鋭い強面の方だったのですが、もともと書道を好きな方だったようでした。

井上有一さんは1916年に東京で生まれ、戦時中は墨田区の横川国民学校の教師をしていて、戦後も教師を長く続けて最後には校長になり、退職後に本格的に書家としての活動を始め、1985年に69歳で亡くなったという方でした。井上さんは、サンパウロ・ビエンナーレ展でも作品を発表し、海外でも高い評価を得た戦後の日本の現代美術を代表する書家なのだそうで、私は知らなかったのですが、昨年の2016年には、生誕100年の回顧展も開かれていたそうです。

戦時中の井上さんは、学童疎開で6年生を連れて千葉県君津郡富岡村へ行ったそうなのですが、みんなで暮らす民家に「群龍蟠棲寮」という名前を付け、毎日「正気歌」という歌を児童たちと歌って士気を高めるということをしていた、いわゆる「軍国教師」だったそうです。

昭和20年の1月には、児童たちと「正気歌」の寄せ書きの書初めを行ったそうで、その書の掛け軸は今も墨田区の横川小学校に残されていました。

3月3日、6年生は進級をするために疎開先から東京へ戻ることになり、その少し前に爆撃された東京の風景を見て衝撃を受けていた井上さんは子供たちを東京へ連れて行くべきか迷ったそうなのですが、国民学校の一人の教員として行政の命令に逆らうことはできず、命令に従って子供たちを連れて戻ったということでした。そして、3月10日の夜、東京の上空にアメリカ軍戦闘機B29が襲来し、東京大空襲が始まりました。井上さんは、何人かの人たちと小学校の地下室に入ったそうなのですが、外からたくさんの大人や子供たちの叫び声が聴こえ、外へ出ようか迷っている間に、部屋に煙が充満して意識を失ったのだそうです。その後、井上さんは地下室から救助されて人工呼吸で息を吹き返したそうなのですが、その大空襲によって9人の教え子を亡くしたそうです。

戦争が終わると、井上さんは、書を書きながら教師を続け、校長になって退職し、そこから本格的な書家として生き始めたそうです。

サンパウロ・ビエンナーレの頃の井上さんの制作ノートには、「瓦礫」という字を書こうとすると東京大空襲によって死んだ人たちのことを思い出すので書くことができないという内容の記述がありました。

そして、その惨劇の記憶と格闘していた井上さんが辛い記憶を吐き出すように書いた作品が、「噫横川国民学校」という書でした。大きな白い紙に墨の黒い文字が殴り書きのような書体で左から縦書きにびっしりと書き込まれていました。東京大空襲から33年後に書かれたという「噫横川国民学校」は、東京大空襲の惨状を体験した記憶を残し、戦争の悲劇と亡くなった人たちの無念の思いを忘れずに語り継ごうとするものでした。

書の内容は、松重豊さんの語りで伝えられていました。私には書の文章をすぐに読むことはできなかったのですが、その鋭く勢いのある字の迫力がテレビの画面の前の私にもよく伝わってくるように思いました。心の奥を抉るように、叫ぶように書かれた字が、紙の中から飛び出してくるような感じがしました。

戦時中に“軍国教師”だった井上さんは、一教員として行政の命令に従い、将来の戦力として疎開の地に温存されていた6年生たちを連れて東京へ戻った結果、教え子たちを亡くしてしまったということを、生涯忘れなかったし、決して忘れてはいけないと強く思っていたということなのかもしれません。「噫横川国民学校」の最後は、「忘るなし」という言葉で終わっているそうです。

軍事史研究家の一ノ瀬さんが話していたように、「噫横川国民学校」の書は、先の戦争で亡くなった人たちへの供養の碑なのかもしれないと思いました。

昨日のNHKのニュースの中で、体験した東京大空襲の悲劇を伝える絵を描いている小池仁さんという86歳の画家の方が、戦争は絶対にしてはいけない、と話していました。この番組の司会の磯田さんは、戦争や空襲による殺戮について、どの国の人とか関係なく、人間が人間に対して絶対にしてはいけないことだと話していました。

本当にそうだと思います。戦争は絶対にしてはいけない、という言葉はとてもシンプルな言葉で、最近にはそれに反発心を憶える人もいるそうなのですが、そのシンプルな言葉を言い続ける必要はこれからもあるように思います。

番組のエンディングで流れていた歌が「悲しくてやりきれない」だったので(コトリンゴさんの歌ではなかったのですが)、昨年に見たアニメ映画「この世界の片隅に」のことを思い出しました。とてもすばらしい映画でした。「この世界の片隅に」の映画を見た方の中には、この作品は戦時中の日常を描いた映画で反戦の映画ではないとか、戦争の悲劇が押しつけがましく描かれていないところがいいと思っている方もいるそうなのですが、この映画は知らず知らずのうちにゆっくりと日常の中に入り込んでくる戦争の怖さをはっきりと描いた立派な反戦映画でした。

昨夜の「昭和の選択」の書家の井上有一さんの話が、戦争時代の軍国主義時代の日本の話だったこともあり、特集を見ながら、今問題になっている(当初は報道を避けていたNHKも日本テレビもフジテレビも積極的に報道するようになってきました)学校法人・森友学園への国有地の入札無しの格安売却問題のことも、日本の戦争時代を作った人たちの流れの中にある問題のようにも思えて、気になりました。

昨日の報道では、詰めかけた記者の取材に応じる籠池理事長とその妻の副理事長の様子が報道されていましたが、何というか、いわゆる「ヤバい」という言葉がよく当てはまりそうにも思えて驚きました。籠池理事長の一方的な話し振りは、先日のTBSラジオ「荻上チキ・Session-22」の中で答えていた時の印象と大体同じでした。

安倍首相夫妻に近しい「日本会議」という組織の一員であるらしいその学園の籠池理事長夫妻の幼稚園の教育方針は、富国強兵の明治時代から第二次世界大戦に敗戦するまでの時代の日本の軍国主義や国家主義(社会主義?)の規律を重んじる軍人的な精神を現代社会に復活させようとするような教育であるように見えます。

森友学園問題で有名になっている「教育勅語(教育ニ関スル勅語)」とは、山縣有朋内閣が作って、明治天皇の名によって明治23年に発布された、国民の道徳や教育の方針を示す勅語(お言葉)のことで、終戦後に新しい日本国憲法や教育基本法ができるまでは、国民の道徳教育の規範とされていたのだそうです。

籠池理事長や稲田防衛大臣のような方たちは、「教育勅語」の「12の徳目」というものを絶賛しています。その最初のほうには(儒教の教えのような)道徳観の言葉が並んでいるのですが、その最後のほうは、国に危機が迫った時には国のために尽くして永遠の皇国を支えるべしというような言葉で終わっています。

「教育勅語」が明治23年から昭和20年頃(昭和23年に廃止が決議されたそうです)まで使われていたものだとするのなら、それを日本史の授業で解説付きで教えてみんなで考えたりするということは、問題のないことなのだろうと思います。でも、天皇制(天皇主権)の下で「勅語」として出されたものを現代の民主主義(国民主権)の道徳観として幼稚園児や保育園児に叩き込むのだとするなら、それは「教育勅語」的道徳観の押し付けになってしまいます。「教育勅語」が戦後の教育現場で使われなくなったのは、「教育勅語」を当時の子供たちの軍国主義的な教育、お国のために尽くして死ぬこと(天皇陛下のために死ぬこと)は良いことだという道徳観を強要する洗脳のような教育に利用し、たくさんの戦死者を出してしまったことへの反省からだそうです。そのような教育への自戒は、誰かを教育をする側の人には今でも必要なものなのではないかと思います。

報道番組を見ていると、時々、私立の学校では何を教えても自由だと考えている方もいますが、日本国憲法や教育基本法は(当然のことながら)公立の学校だけではなく私立の学校にも適用されるそうです。

戦前・戦中の日本の軍国主義の時代を、昔は今よりも良かったと(「ALWAYS 三丁目の夕日」の映画を好んでみる方たちのように?)懐かしく思う一部の方たちは、その軍国教育の延長線上に大空襲や大爆撃や大量虐殺が行われ、多くの無辜の市民が死傷し、政府や大本営の命令に従った結果敗戦して、進駐軍が入ってきた頃から今も日本の各地にアメリカ軍基地が置かれているということを、一体どのように思っているのでしょうか。

昨日の報道によると、自民党は政調審議会で、3度廃案になった「共謀罪」の構成要件を改めた「テロ等準備罪」を新設する「組織犯罪処罰法改正案」を了承したのだそうです。日本弁護士連合会は、現行法でも十分に対応できると、政府が「テロ等準備罪」と呼ぶ「共謀罪」に反対しています。改正案の中に「テロリズム」という文言を加えても、未然にテロ事件を防ぐとこはできないように思います。「テロ等準備罪」を作ろうとしている政府の目的は、テロ事件を未然に防ぐことではなく、“警察権”の拡大にあるのだそうです。

昨夜のTBSの「NEWS23」では、昨年に沖縄の東村高江で基地建設の反対を訴えていた際に沖縄防衛局の職員に暴行を加えたとかフェンスを切ったとかの罪で逮捕された、沖縄平和運動センターの山城博治さんという方が、5か月間も拘留されているのは異常で、政府は反対派への見せしめのために異例の拘留を続けているのではないかということが、元最高裁の裁判長の方の話と共に伝えられていました。

その謎の拘留のことで、アムネスティ・インターナショナルという国際人権擁護団体も、日本政府に抗議しているのだそうです。普通は2か月ほどの拘留が5か月にも及んでいることの理由は、私には分かりませんが、親族の接見まで禁止されているということについては、一体どうしてだろうと怖く思いました。山城さんは病気なのだそうですが、弁護士は会うことができても、家族は会うことが許されていないのだそうです。もしかしたら政府は山城さんが心身共に弱るのを待っているのではないかということも言われていたのですが、中国共産党を批判すると捕まるという中国のような出来事が、時々言われているように、やはり日本でも少しずつ起き始めているということなのかもしれません。

先日の報道では、国内の科学者を代表する「日本学術会議」の安全保障と学術に関する検討委員会が、「政府の介入が著しく、問題が多い」と指摘し、軍事・戦争を目的とする研究を禁じる1950年と67年の声明を継承するとの声明案を全会一致でまとめたということが言われていました。声明には、防衛省からお金をもらって軍事に役立つ技術の研究をすることを禁じる強制力はないそうなのですが、私は、この声明の継承の決定に、少しほっとしました。

以前にNHKの「クローズアップ現代+」でも特集がありましたが(「“軍事”と大学 岐路に立つ科学者たち」)、民間の技術の研究と軍事関連の技術の研究の線引きは難しいと考えている科学者の一人のノーベル物理学賞の受賞者の益川敏英さんは、それでも、防衛省の予算で軍事研究に関わるのは危険だということを話していました。「デュアルユース」だと言われて、最初はそのようなそれほど軍事的ではない研究をすることができていても、科学者たちが防衛省から予算をもらうのに慣れた頃に、本当の目的の研究をさせられる可能性が高いということを話していました。確かに、大学の軍事目的ではない研究にお金を出すというのなら、防衛省の予算ではなく、文部科学省に予算をつけてそこから出すようにするというのがまだ普通の方法なのではないかと思います。

安倍首相や首相夫人や稲田防衛大臣とのつながりが疑われている森友学園のような学校法人は、私が知らないだけで、他にもたくさんあるのかもしれません。今は削除された安倍首相夫人のものだけではなく、衆議院議員の平沼赳夫さんの挨拶も森友学園のホームページには掲載されていますし、森友学園を応援していたのが与党の自民党を中心とする安倍政権であることは、その人脈を見ると明らかであるように思えるのですが、そのような人々が運営する学校の教育が広まっていくかもしれないことを思うと、未来の日本は本当に大丈夫なのだろうか、平和な社会や個人の自由と人権は守られるのだろうか、民主主義はこれからも続いていくのだろうか、様々なところに政府が介入してくる共産主義や社会主義の国のようにはならないだろうかと、少し心配になります。

また長くなってしまいましたが、ともかく、私も昨日の「昭和の選択」の「東京大空襲が生んだ悲劇の傑作『噫横川国民学校』」を見ることができ、書家の井上有一さんのことを少しでも知ることができて、良かったです。井上有一さんの「噫横川国民学校」は、群馬県立近代美術館に所蔵されているそうです。
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