先日の「セッション22」での「教育勅語」の話のことなど

先日(先週の木曜日の深夜だったように思います)のTBSラジオ「荻上チキ・Session-22」では、「教育勅語」とは何かについて文筆家の辻田真佐憲さんという方が評論家の荻上チキさんと話していたのですが、その中で、戦時中の学校で「教育勅語」を習った体験を持つとしてインタビューに答えていた91歳の塚本さんという方は、最近の学校法人・森友学園で園児たちが指導者からの合図を受けて一斉に暗唱する様子や、国会で国会議員が「教育勅語」の内容を認めるような発言をしている様子を見て、幽霊が出てきたような気持ちになった、まるでオカルトのようだと話していました。

81歳の中村さんという方は、今の政治家は「教育勅語」の意味を分かっていない、「教育勅語」は天皇ために死ねという考え方を押しつけるもので、それが今再び現れてきたかと思うと震えると話していました。

荻上さんは、今の「保守」だと言っている人たちは「保守主義」ではなく「保守趣味」ではないかと、文筆家の辻田さんに話していました。国旗の「日の丸」や国歌の「君が代」、「教育勅語」や「天皇陛下の御影」などを、「愛国」のアイコンとして使っているだけなのではないかということだったのですが、本質ではなく当時の「保守」の都合の良い部分だけを抽出して今風の解釈を加えて広めるという印象からすると、それは例えば今のヨーロッパにいる、ヒトラーやナチスを信奉する「ネオナチ」と呼ばれるような人々にも通じることなのかもしれないなと、何となく思いました。

天皇制の下で、明治天皇の名において公布された「教育勅語」は、番組の解説によると、そもそも井上馨が明治天皇の言葉を編集?したようなもので、様々な解釈が可能となるように作られたものだそうです。皇室が皇国の臣民に天皇のために生きて死ぬことを命じる「教育勅語」は、戦後の昭和23年(1948年)に衆参両院でその破棄が決定されたそうなので、それなのに今国会で安倍政権の大臣たちが絶賛しているのが不思議なのですが、安倍首相や稲田防衛大臣や松野文部科学大臣が道徳的に良いと思っているらしい「教育勅語」の現代解釈は、戦時中には大本営海軍報道部にいたという、自民党の議員だった佐々木盛雄という人が作って広めたものなのだそうです。

その佐々木という人による解釈の中では、「天皇のために」という部分が削られて「日本の国のために」の意味に変えられ、明治天皇皇后両陛下を奉る東京の明治神宮でも、その戦後の「天皇のために」という中心部分を取り除いて曲解した現代語訳(“超訳”でしょうか)のものを配っているのだそうです。私は直接その小冊子?を見たことはありませんし、そのようなものが明治神宮で配られているということも知りませんでした。

2015年のお正月の初詣の頃に、明治神宮では、「日本国憲法」はGHQに押しつけられたものだという思想を持つ櫻井よしこさんという元キャスターの方による憲法の改正(改訂)に賛成する署名活動が、明治神宮を上げてなされていたそうです。その噂を聞いてから、私は、初詣のお賽銭も謎の組織(「日本会議」や「神社本庁」と呼ばれる組織)への資金源になってしまうのかなと、明治神宮への初詣に行くことを少し躊躇うようになってしまったのですが、もしもそのような謎の政治的活動が明治神宮でなされていたことが噂ではなく本当だったとするのなら、何というか、明治天皇が今の(「保守主義」ではない)「保守趣味」の権力者たちに利用されているのではないかとも思えてきます。東京の靖国神社にいるという戦死した方々の「御霊」も、そのような人たちによって利用されているのかもしれないなと思います。

「教育勅語」を私立の学校で教えることについて、橋下徹元大阪市長のような方は、「教育勅語」の中には道徳的に良い部分もあるからそれを教えることは悪くない、私学には私学の教育の自由があるというようなことを言っていますが、その「勅語」(お言葉)の文章を部分的に見れば確かに儒教の教えのような普通の?道徳観(親孝行をしなさいとか、兄弟は仲良くしなさいとか、ちゃんと勉強をしなさいとか)が混ざっているのだとしても、内容は発布された当時の「臣民」へ向けられた皇国を永続させるための命令で今の「国民」へ向けられたものではないですし、それにそもそも普通の道徳だと言うのならわざわざ「教育勅語」を持ち出してその道徳を教えることでもないのですし、戦後の国会で教育に相応しくないと破棄されたものだということなので、私立の学校は公立の学校とは違うから教育基本法に違反するようなものでも教えて良いというような説は、やはり間違っているような気がします。教育基本法は、私立の学校にも適用されているはずです。

先週のテレビ東京の「ゆうがたサテライト」では、谷口雅春という方が作った「生長の家」という新興宗教と、そこから派生した「日本会議」と「神社本庁」と安倍内閣の稲田防衛大臣とのつながりを青木理さんの解説付きで紹介していました。青木さんは、森友学園の籠池理事長夫妻を直接取材している著述家の菅原完さんと同じく、「日本会議」についての本を出しているそうです。

昨年には池上彰さんの番組でも、安倍内閣と自民党系の国会議員と「日本会議」のつながりについて簡単に語られていましたが、謎のカルト的な組織に操られている日本社会は大丈夫なのだろうかと、不気味に思いました。韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領は謎の友人親子に政治を操られていたのではないかとして国民の怒りを買い、疑惑が解明されないまま結局「罷免」されましたが、今のところ、構図が何となく似ているように思えても、日本の首相の場合は謎の組織との癒着のことで大手メディアや一般の国民に追い詰められることはないのかもしれません。

23日には、国会に籠池理事長が証人喚問されるそうです。参考人招致ではなく、証人喚問です。自民党は、安倍首相と籠池理事長のつながりを詮索することは国有地払い下げ問題からずれていると言いながら、迫田英典前理財局長のことは、国会に呼ばないのでしょうか。自民党が籠池理事長を国会に呼ぶことにしたのは、自民党の竹下国会対策委員長によると、「総理に対する侮辱」だからだそうです。自民党の二階幹事長が「総理とああいう人を一緒にしないでいただきたい」と言っているのを聞いた時にも驚きましたが、情報番組などでは、政権寄りのコメンテーターの方が、政治権力者の立場の自分と民間の人とを同等に扱うなという風に考えているらしい安倍首相や松井大阪府知事と同じように、安倍首相との関わりを主張する籠池理事長やその取材をしているというノンフィクション作家の菅野完さんのことを悪く言っていました。

学校法人・森友学園を応援していた右派?の人々から「安倍晋三記念小学校」という名称やその建設予定地の国有地格安売却疑惑が公に発覚してから次々と裏切られているようにも見える籠池理事長が安倍首相を侮辱しているというよりは、国会議員が民間人のことを「侮辱」しているように見えるのですが、でも、2015年末に『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々』という本を出版した拉致被害者家族の蓮池透さんのことを、昨年に日本のこころを大切にする党の中山恭子議員や安倍首相が国会で「北朝鮮の工作員」だと指摘したという出来事もありましたし、首相を批判する国民を感情的に罵るという、そのような政権ということなのかもしれません。

衆参両院の議長による「議論のとりまとめ」の中で、政府が天皇陛下の譲位(退位)を認めるのは昨年の8月8日のお言葉があったからだとしながら(最初政府は「お言葉」での示唆について憲法に抵触する恐れがあるというようなことを言っていましたが)、その意向を無視して天皇陛下の譲位を、憲法に沿った「皇室典範改正」ではなく、「特例法」で対処しようとしている安倍政権は、やはり本当の「保守」ではないというような気がします。荻上チキさんが言っていたような、「保守趣味」ということなのかもしれないなと思います。

私はインターネットの記事で最近知ったのですが、アメリカのワシントンのホロコースト記念博物館にあるという自由や平和や人権や民主主義を否定する「ファシズムの初期兆候(前兆)」を警告する看板に示されている、ローレンス・W・ブリットさんという政治学者が2003年にまとめた箇条書きで書かれた14の文言が、今の日本の政権にもよく当てはまるように思えて驚きました。ファシズムというのは、私もはっきりとは分からないのですが、一党独裁政権による全体主義的な政治体制のことです。アメリカでは、この警告文に書かれていることがトランプ政権に当てはまるとして話題になったのだそうです。

その警告文の中の一つの「抑圧される労働者」については、例えば先週、政府の「残業時間の上限規制」をめぐって、安倍首相と経団連の榊原定征会長と日本労働組合総連合会の神津里季生会長が話し合い、「繁忙期(忙しい時期)」の残業時間の規制が「100時間未満」に決まるということが報道されていました。

労働基準法では1日の労働時間は8時間、1週間では40時間以内とされていて、それを超える労働時間(時間外労働)を「残業」と呼び、企業が従業員に「残業」をさせる場合は労働基準法36条の「36(サブロク)協定」を結んで労働基準監督署に届け出をしなければいけないそうですが、その場合「残業」は月に45時間までで、「繁忙期」にも延長が許されるのは月60時間までなのだそうです。ただ、それは厚生労働省の定める基準というだけで法的なものではないため、月に45時間を超えても、60時間を超えても、100時間になっても、経営者側が違法であるということにはならないのだそうですが、今回の政府案は、そのことを政府が認める(合法化する)ということになるようでした。

過労で自殺をした電通の社員の高橋まつりさんは、亡くなる前の月には残業時間が105時間を超えていたそうです。また、年間上限「720時間」には「休日労働」が含まれていないのだそうです。政府は働く人の側からではなく企業の側から労働時間を決めようとしているのかもしれませんが、怖いことだなと思います。

そもそも、労働時間を1日8時間としながら、その一方ではそれ以上の時間外労働という労働時間を国が認めているということも、少し謎に思えます。残業なしよりも残業代が出たほうが助かるという人もいるようなので、問題は、残業をしたくないのに残業をさせられるということにあるのかなとも思います。ただ、高橋まつりさんの場合は、残業時間だけではなく、上司からの「いじめ」の問題もあったように思います。そちらの方は、解決したのでしょうか。

先日の18日の報道では、東京電力福島第一原発事故で福島県から群馬県などに避難した住民が国と東京電力に損害賠償を求めた訴訟の判決で、前橋地方裁判所が、東京電力は巨大津波を予見していて事故は回避できたはずだ、国は原発事業者に対する規制権限を果たさなかったと判断し、東京電力と安全規制を怠った国の賠償責任を認め、原告のうち62人に計3855万円の支払いを命じる判決を言い渡したということが伝えられていました。

新聞にも掲載されていた判決文には、「国には津波の予見可能性があり、遅くとも2007年8月時点で規制権限を行使すべきだった」とありましたが、それは第一次安倍内閣の頃の、日本で原発の全電源喪失の事故が発生する事態は考えられないと答弁をして対策を怠った安倍首相の責任を認める内容でもあります。昨日の報道によると、日本政府とフランス政府は高速増殖炉開発や核燃料サイクル政策のための協力を推進することを確認したそうですが、原発再稼働や原発産業の輸出を推進する今の政府は、当時の政府の責任を認めることができるでしょうか。

先々週に閣議決定され、国会に提出された「水道法改正案」は、今は国が運営している日本の水道事業に民間企業が参入できるようにする法律案でもあるそうです。自治体が上下水道の運営をするのに限界があるというような事情もあるのかもしれませんが、私としては、公営のままである方が良いような気がします。日本の水は豊かできれいと言われているので、民営化した際には国内や海外の多くの企業が「水ビジネス」のために水道事業に参入しようとするのだろうと思いますが、企業は会社の利益を優先するので、それによって市民の使う水道料金が値上がりしたり、それまで自由に使うことができた地域の水をその地元の人たちが自由に使うことができなくなったり、水の浄化の質が落ちて汚れるようになったりすることにもなりそうで、何となく、不安な感じがします。日本の水は一般市民のために国がちゃんと守るべきだと思います。

あと、先日のBS‐TBSの「外国人記者は見た+日本inザ・ワールド」という討論番組の、日本が国連から脱退した1930年代の国策としての「日本礼賛ブーム」の特集や、承認欲求が強く批判を嫌がる各国のリーダーたち(日本を含む)の特集も面白かったです。私としては、日本政府が「日本礼賛」をするというのは、国民が自発的に行うこと以上に、何となく恥であるようにも思えてしまうのですが(東京オリンピック・パラリンピック招致の際の「おもてなし」もそうかもしれませんが)、謙虚さや慎み深さというものは、もう日本人の美徳ではなくなったということなのでしょうか。そもそも、今の日本人にとって、日本人の美徳とは何なのでしょうか。

ところで、昨日の報道によると、政府は、「共謀罪」の構成要件を改め、犯罪を計画したり準備したりした段階で処罰可能にする「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案(組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律案)を閣議決定したのだそうです。この法律は、犯罪組織が犯罪の計画をした場合に取り締まるものだという風に説明されていますが、警察の権力が拡大されて、戦前や戦中のように監視体制が広まって、犯罪が捏造されたり、無関係な人が逮捕されたりするようになったら怖いなと思います。(良い警察官のほうが多いのだろうとは思いますが、中には悪い警察官もいるのではないかと思うのです。)

先日の報道では「令状なしのGPS捜査」は違法であるという裁判所の判決が出たそうですが、それもいつかは、もしも「テロ等準備罪(共謀罪)」が国会で可決成立した後には、「違法」にならないようにするために、警察が令状なしでもGPS捜査を行うことができるような法律が作られていくことになるかもしれません。

日本国憲法の第24条(婚姻や家族について書かれているものです)をどうしても変えたいらしい自民党は、公明党と共に、「家庭教育支援法案」というものも、今国会に提出しようとしているそうです。

「親学」?という“日本の伝統的家庭教育”なるものを最良の家庭教育とする思想(財団法人・親学推進協会や親学推進議員連盟というものが作られているそうです)を提唱しようとしている安倍内閣による昨年の「家庭教育支援法案」には、「家庭教育支援は、家庭教育の自主性を尊重しつつ、社会の基礎的な集団である家族が共同生活を営む場である家庭において、父母その他の保護者が子に社会との関わりを自覚させ、子の人格形成の基礎を培い、子に国家及び社会の形成者として必要な資質が備わるようにすることができるよう環境の整備を図ることを旨として行われなければならない。」、「家庭教育支援は、国、地方公共団体、学校、保育所、地域住民、事業者その他の関係者の連携の下に、社会全体における取組として行われなければならない。」と書かれているのですが、全体主義の戦時体制下の頃の国による家族観のようなものをこれから政府が国民に押し付けようとするものであるように思えて、不気味です。

自民党の憲法改正草案では「個人」が「人」に変えられていますし、もしも実際にそのように変わってしまったなら、すぐにではないとしても、少しずつ、社会主義、国家主義の世の中に変わっていってしまいそうに思えます。映画「この世界の片隅に」でも描かれていましたが、気付かないうちに少しずつ、日常生活の中に入り込んでくるのだろうと思います。

沖縄県の名護市辺野古で在日米軍の基地建設に反対して捕まり、5か月間という異例の長期勾留をされていた山城博治さんは保釈されたそうで、私はその事件のことを少ししか知らないのですが、保釈されたと聞いて少しほっとしました。勾留中の山城さんは家族との面会も禁止されていたそうですし、日本政府には、反対運動のリーダーの逮捕と長期勾留のことで、海外の人権保護団体から抗議が来ていたそうです。

昨夜のTBSの「NEWS23」で伝えられていた、鹿児島の馬毛島という無人島(漁師の方にとっては豊かな漁場のある宝の島なのだそうです)に在日米軍の戦闘機の訓練のための滑走路が作られた(あるいは既にあった滑走路を在日米軍の戦闘機が訓練のために使うようになった)ということも、私は知りませんでした。

シリアではまたアメリカ軍がモスクを空爆して(報道では“誤爆”と言われていますが)46人の一般市民を殺害したそうですし、謎の森友学園(国策として未就学児に国旗や国歌に親しむ教育をさせようとしている人々による後押しによって作られたもののようです)に関する報道や、東京都の築地市場の豊洲移転問題に関する百条委員会での、全ての文字を忘れてひらがなも読むことができなくなったと言う石原慎太郎元都知事の報道と同じくらい、その他の重要なことも、特に大手メディアにはバランス良く報道してほしく思います。
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