「警部補・碓氷弘一 ~殺しのエチュード~」

テレビ朝日のドラマスペシャル「警部補・碓氷弘一 ~殺しのエチュード~」を見ました。ユースケ・サンタマリアさん主演の2時間ミステリーです。

東京の市ヶ谷の体育館前の道でライブへ向かう途中の女性が刺殺されるという通り魔事件が発生し、周囲の複数の目撃者たちによって石狩(五十嵐健人さん)という男性が現行犯逮捕されるも、被疑者は犯行を否定し続けていました。

翌日、元警視庁捜査一課の刑事で今は総務部装備課の主任の碓氷弘一(ユースケ・サンタマリアさん)は、別居中の妻の喜子(紺野まひるさん)と暮らす娘の春菜(畑芽育さん)のピアノコンクールに付き添う途中、女性が刺殺される通り魔事件に遭遇し、事件を目撃した通勤客たちによって野間(渋谷謙人さん)という男性を現行犯逮捕し、通り魔事件の捜査のために参事官の西川周作(羽場裕一さん)の命で捜査一課の5係に遊軍として戻され、鈴木係長(佐野史郎さん)に歓迎されたのですが、しかし、被疑者の野間は取り調べをする碓氷さんの同期の刑事の高木隆一(滝藤賢一さん)や後輩の梨田洋太郎(三浦貴大さん)に犯行を否定し続け、野間とは別の人物が犯人だという目撃者の福井(大竹、佐藤祐基さん)も現れ、警察庁との人材交流プロジェクトの一環として捜査一課5係に派遣された科学警察研究所(科警研)の研究員でプロファイリングの専門家の藤森紗英(相武紗季さん)からは碓氷さんの誤認逮捕の可能性もあると指摘され、次第に微妙な立場に追い込まれていきました。

自分の“正義”は正しいというバイアスで事件を見ていると考えた碓氷さんと藤森さんは、通り魔を最初に捕まえた“善意の市民”を捜す中、選挙に出馬中の国会議員の木佐貫保(中丸新将さん)の甥だった野間が3年前に電車の中で痴漢を捕まえたという事件の資料が一部無くなっていることに気付いて当時の被害女性に会いに行き、野間の弁護士に頼まれて野間が捕まえた桐山渉(窪塚俊介さん)という元音楽家の男性を、自分の背後にいた犯人の顔を見ていないにも関わらず犯人だと証言したということを聞きました。女性が叫んだ直後、後ろにいた野間は隣に立っていた桐山の腕を掴んで犯人だと周囲に知らせ、近くにいた石狩は痴漢の犯人を捕まえた乗客に協力して一緒に桐山さんを捕まえ、駅のホームに連れ出したということでした。

その女性が数週間前に突然家を訪ねて来た桐山に当時の証言のことを話したと知った碓氷さんは、桐山が一連の通り魔事件の犯人だと確信し、犯人がネット上に書き込んだ「エチュード(練習曲)」とは自分を犯人に仕立てた石狩さんと野間さんへの復讐で、本番は甥の野間の罪を保身のために隠蔽してきた木佐貫議員への復讐だと推理しました。そして、過去の野間の事件のもみ消しには西川参事官が関わっていることを知った碓氷さんと藤森さん、高木さん、梨田さんたちは、木佐貫議員の選挙事務所に現れた西川参事官の姿を確認し、そこへ桐山が現れるのを待つことにしました。

脚本は池上純哉さん、監督は波多野貴文さんでした。原作は、私は未読なのですが、今野敏さんの小説『警視庁捜査一課・碓氷弘一』シリーズの第4作『エチュード』です。

選挙事務所にスタッフの一人として入り込んでいた桐山は、木佐貫議員の「当選確実」を伝える報道陣の前で、自分の音楽人生を台無しにした木佐貫議員を殺そうとしたのですが、碓氷さんに取り押さえられてしまい、復讐を果たすことはできませんでした。

政治家の権力に屈して(あるいは木佐貫議員と癒着して)冤罪を生んだ警視庁の西川参事官に、桐山を化け物にしたのはあなただと言った碓氷さんが、桐山やその被害者たちに謝れと強く訴えていた場面も良かったです。

確かに少し地味だったのかもしれませんが、でも、しっかりと作られていて、とても見応えのある刑事ドラマ(警察ドラマ)でした。劇中の音楽も静かで良かったですし、春菜さんの弾くショパンのエチュードの流れるオープニングの、「警部補・碓氷弘一 ~殺しのエチュード~」のタイトルの出方にも雰囲気があって良かったです。

私はこのドラマのことをほとんど知らずに見始めたのですが、正義のバイアスとか、冤罪とか、刑事課と警察官の癒着による事件の隠蔽とか、様々な要素が描かれていて、見る前に思っていたよりも、社会派のミステリーでした。

被害者のために自身の正義を貫こうとする“善意の市民”というのは、ドラマの中の事件の目撃者や警察官の碓氷さんなどと同じように、現場に居合わせたなら、もしかしたら私もなり得るものなのかもしれないなと思いました。芥川龍之介の短編小説『藪の中』のように、目撃者の証言や記憶は事件を裁くための証拠とするには必ずしも正確ではないのかもしれないというようなことも改めて思いました。

事件現場に入る時に刑事たちが頭と靴にキャップを着けているという演出も良かったですし、木佐貫議員や西川参事官の具体的な謝罪の場面がなかったというのも、何というか、先週の4日の記者会見中に今村雅弘復興大臣が西中誠一郎さんという記者(フリージャーナリスト?)の方に福島からの自主避難者への支援の打ち切りについて質問され、被災地となった故郷へ戻らないのは本人の判断であり自己責任だと答えた直後、国や今村復興大臣の責任について訊かれて激怒した映像を思い出し、リアルであるようにも思えました。

先日に見た情報番組では、この記者の方の質問を、今村復興大臣への「挑発」だと言うコメンテーターの方がいて少し驚いたのですが、私には報道で長く紹介されていた記者会見映像の中のこの記者の方の質問が今村復興大臣を「挑発」するものだとは特に思えませんでした。原子力政策は国策で進められてきたものです。その一つの東京電力福島第一原子力発電所の爆発事故によって、故郷の土地が放射性物質に汚染され、故郷へ戻りたくても戻ることができずに避難を続けている人たちのことを「自己責任」だと突き放したり、あるいは、都合の悪いことを訊かれるとその質問をした記者に対して「無礼だ」とか「侮辱だ」とか「犯罪者扱いするな」とか「出て行け」などと現職の大臣たちが怒鳴ったりするのは、相手の「挑発」に乗って言いたくもないことをつい言ってしまったというようなことではなく、その大臣たちの本心から出た言動なのだろうと思います。昔の自民党の大臣なら潔くすぐに辞めるような事態かと思いますが、今の自民党の政治家たちは地位にしがみつくのでなかなか辞めません。特に今の第三次安倍晋三内閣は、第一次安倍内閣の失敗(消えた年金問題や首相の脱税疑惑などもありましたが)を取り返そうとしているのかもしれません。今のアメリカのトランプ大統領がオバマ前大統領のことを悪く言っているのと同じように、今の与党の自民党の議員さんたちは野党の民進党(旧民主党)の与党時代の悪口を言い続けることである程度の支持を保とうとしているのかもしれないとも思えるのですが、旧民主党が2009年の秋に与党になったのはその前の自民党の麻生太郎内閣が国民に受け入れられなかったからだということが忘れられているようにも思えます。今の自民党には、野党になる前の数年間の自民党の悪いところと、与党なって再び野党になるまでの民主党の悪いところ(事実を公表しない、議事録を残さない、不祥事があっても謝罪風の浅い発言をするのみで辞めないなど)を併せて引き継いでいるというような印象があります。それなのに、マスコミは昔のようには政府を強く追求していないような気がします。報道の中立性や公平性というようなものがあるとするならば、それはそもそも権力者(為政者)の側よりも立場の弱い一般市民の側に重きを置かなければバランスが取れないものであるように思います。これでもしも日本社会が大変なことになったなら、亡くなったジャーナリストのむのたけじさんが反省していた、政府や軍に追従して軍国主義の風潮を煽っていた72年以上前の戦前・戦中の報道機関(マスメディア)と同じようなことになってしまうのではないかなと思います。

それはともかく、昨日の「警部補・碓氷弘一 ~殺しのエチュード~」は、落ち着いていて、見応えのある良いドラマでした。無駄に思えてしまうような場面もなかったですし、途中で少しも眠くなることなく、最後まで物語を見ることができました。私は原作を知らないのですが、誠実に作られていたのではないかと思います。原作の今野敏さんのこの小説のシリーズは、今は第6作まで出版されているそうです。主な登場人物の個性も良かったですし、いつか他の作品を原作としたドラマが作られるのなら、その時にはまた見てみたいようにも思いました。
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