「日本国憲法 70年の潮流~その時、人々は~」

NHKの土曜ドラマ「4号警備」の第5回を見た後、「NHKスペシャル」の「日本国憲法 70年の潮流~その時、人々は~」という特集を見ました。

1947年(昭和22年)の5月3日に国民主権、基本的人権の尊重、平和主義(戦争の放棄)を定めた『日本国憲法』が施行されてからの70年の間に、憲法の廃止や改正を望む人々と、憲法を守ろうとする人々が、それぞれの時代の中でどのように憲法と向き合って来たのか、何を議論してきたのかということを、改憲派や護憲派の方へのインタビューや、1962年からのNHKの世論調査の結果を軸に伝える特集でした。番組の語りは、広瀬修子さんと小林勝也さんでした。

時代の流れというか、海外情勢などの外的な要因によって、日本人が、日本も武力を強化したほうがいいのではないか、やはり日本は武力に頼らない平和主義に徹するべきではないか、という風に、改憲と護憲の間で揺れているということが、よく分かるような特集だったように思います。

冒頭のほうで紹介されていた、元総理大臣の中曽根康弘さん(現在98歳だそうです)が作ったという「憲法改正の歌」という歌にも少し驚いたのですが、中曽根元首相は、憲法改正や、靖国神社に首相が参拝する件や、原子力発電所の建設など、今の日本にある問題に深く関わっている人なのだなということを改めて思いました。

憲法の改正を主張していた人たちの中心は、番組によると、旧軍人や神社関係者など、戦前や戦中に発言権を持っていた人たちでした。改憲派は、新しい憲法を、『大日本帝国憲法(明治憲法)』に戻そうと考えていました。改憲が主張されるようになると、新しい憲法を守ろうという護憲派の主張も出てきました。元民主党の参議院議長であり、現民進党最高顧問で憲法調査会長という江田五月さん(75歳だそうです)は、昔には「教育勅語」というものがあったが、非常事態が起きた時には国のために命を捨てろという考え方には賛成できないと話していました。

憲法を改正するかどうかという話になった時、問題になるのはいつも第9条の条文だったそうです。戦争時代を体験している護憲派の方には、その経験から、戦争は絶対にしてはいけないものだという強い思いがありました。第9条が変えられてしまったなら、きっと日本が戦争に参加することになるに違いないと考えていました。

しかし、護憲派の中にも改憲派はいて、その方たちにとっては、どの条文を守りたいか、どの条文を変えたいかということは、それぞれだったようでした。岸信介内閣の日米安全保障条約改定の頃、「在日米軍裁判権放棄密約事件」というものがあったそうなのですが、反発を恐れた自民党によって長く隠されていたそうです。1960年の安保闘争では、30万人という安保反対派の人々が国会を取り囲んだそうです。安保改正法案は、結局通されたのですが、岸信介内閣は総辞職に追い込まれ、その辺りから、憲法改正、特に憲法第9条の改正についての議論は、止まるようになっていったということでした。

江田五月さんは、日本国憲法について、大戦を終えた世界中の人々が持っていたある種の理想を体現した憲法だと言い、憲法が不毛な政治の対立の道具にされてしまったことは悲劇だと思うと話していました。

1970年の11月25日には、自衛隊の駐屯地で作家の三島由紀夫が割腹自決を行いました。自衛隊員に決起を促していた三島さんは、日本を守るとは天皇を中心とする歴史と文化を守ることだと叫んでいました。しかし、当時の市民は、冷めていたそうです。インタビューに応じていた街の方は、理性的、論理的でないと今の時代には理解されないのではないかという風に答えていました。もしも今、例えば誰か芸術家の方が自衛隊の施設のような場所でマスコミや隊員たちを前に大演説を行ってその直後に割腹自殺を遂げても、多くの一般市民の間では当時と似たような反応になるでしょうか。

三島由紀夫の事件に共鳴をした方たちは、日本青年協議会という右派的思想の人々が集まる会を立ち上げ、その会を作った人々が今の、安倍首相を支援する日本会議の幹部になっているということでした。(最近はNHKでも日本会議のことを取り上げるようになりました。NHKの経営員会の中にもそのような会の方がいるそうなので、内容はチェックされているのかもしれません。)

その会に参加しているという法学者の百地章さん(自民党が強行採決した安全保障関連法案の集団的自衛権などの軍備拡大について、違憲ではないと主張していた方です)は、明治憲法こそ日本の憲法に相応しいと現行憲法の破棄を主張していたそうです。

元自民党総裁の河野洋平さんは、国連にも議席を得て、独立国として認められた日本に「自主憲法制定」の議論は時代遅れになった、他にやるべきことがあると思っていたと当時のことを振り返っていました。

1982年に中曽根内閣になると、「憲法改悪」を行うのではないかと市民に思われていた中曽根さんは、現行憲法は優れた憲法であると国会で称賛し、改正の考えを封印したそうです。

NHKは、イラクによるクウェート侵攻をきっかけに国際連合が多国籍軍の派遣を決定し、イラクに空爆をして始まったという湾岸戦争の頃の1992年、日本の自衛隊も多国籍軍に参加するということになり、18年ぶりに憲法改正に関する世論調査を再開したそうです。第9条の改憲派の割合が増えるのは、戦争や、2001年のアメリカ同時多発テロなどが起きた時でした。湾岸戦争は、その後の小泉純一郎さんが総理大臣を務めていた時代のイラク戦争にもつながっていきます。

昨年に開催されたという、映画の「シン・ゴジラ」と憲法について?の集会の映像の中の、参加者の方の、「戦争ってダメなんですか」、「平和は次の戦争への準備期間だと漫画に書いてありました」というような意見には驚きましたが、たくさんの人々が殺傷される戦争を良くないものだと思わない方というのは、もしかしたら他にもいるのかもしれないなと思いました。

今上天皇陛下が守っている憲法を、擁護せずに破棄しようとしたり変えようとしている改憲派の日本会議の人たちが「天皇陛下万歳!」と叫んでいる映像を見ていて、何か少し奇妙な風景であるように思えました。日本会議系の方たちは、国家や家族があってこその(個人の)人権だと考えているようなのですが、私には、逆であるように思えます。

日本会議系法学者の百地さんは、番組の中で、現行憲法が防ごうとしている国家権力の拡大について訊かれて、「国家は権力ではない(“国家=権力”ではない)」と力説していたのですが、「国家権力」とは「国家の持つ権力」という意味の言葉だと思うので、何というか、論理が少し意味不明であるようにも思えました(あるいはもう少し長く説明を聞いたなら、意味の分かるものだったのかもしれませんが)。

番組で紹介されていた、「佛所護念会教団」という宗教団体のことを、私は全く知らなかったのですが、その宗教団体(日蓮宗系の宗派のようでした)も、改憲派の人々の集まる団体でした。日本会議系の組織のように、あるいは報道で見た学校法人森友学園の幼稚園のように、部屋には天皇皇后両陛下のお写真が飾ってあるようでした。その教団の関口さんという方は、今の人の問題は憲法の個人の尊重によって「利己主義」が広まり「核家族」で家族がバラバラになったことが原因なのだというようなことを話していました。

改憲派の方々にとっては、『日本国憲法』は「最高法規」ではなく、普通の法律と同じようなものなのでしょうか。改憲派の方々の話を聴いていると、何となくなのですが、憲法と法律が混ざっているようにも思えました。

「美しい日本をつくる会」という右派組織の参加者の方が「家族で参加しています」と嬉しそうに答えているのを聞いて、まさに宗教のようだなとも思えてしまったのですが、幼稚園の園長先生?から参加を勧められたと話している方もいて、私の知らないうちに様々なところに謎の宗教は少しずつ浸透しているのかもしれないなと、少し怖いような感じもしました。

そのためか、SEALDs(シールズ、自由と民主主義のための学生緊急行動)とは言われていなかったのですが、安全保障関連法などの頃に告解の前に集まってデモ活動を行っていた学生の方たちが登場した時には、少しほっとしました。

学生の方が、今ある憲法をちゃんと実現してほしいと答えているのを聞いて、本当にそうだなと、少し安心しました。改憲派・護憲派と分けるのは、単純過ぎるかもしれないとも思うのですが、改憲派の方は、現実に起きている嫌なことの全てを今の憲法のせいにしているのかなというような印象でもありました。実際には、憲法を無視して憲法の内容を他の法律でしっかり実現しようとしない政治のせいなのではないかなと思います。

そもそも、「鎖国」ではない日本には、海外からたくさんの情報や文化が入って来ていて、太平洋戦争に勝利していたならまた違ったかもしれませんが、戦後アメリカの支配下に入り、自民党がその支配の状況を維持しようとしているからには、明治憲法的思想は、どちらにしても時代遅れのものとして廃れていくか、残ったとしても悪い考え方として多くの市民には疎まれていくのではないかなと思います。

政府の憲法改正推進派の保岡さんという方(この方も日本会議系の方だそうです)は、(憲法が原因で?)日本らしい伝統やアイデンティティーが失われていると話していたのですが、一体、「日本らしい」とは何を指しているのでしょうか。古代史から考えると、そもそも日本の文化は渡来人の影響を多く受けていることになると思いますが、そのことを「伝統的な日本らしさ」なるものを主張する方たちは、どのように考えているのでしょうか(あるいは、まさか江戸時代末期や明治時代から昭和時代の終戦頃までのものを指して「日本の伝統文化」と呼ぶのでしょうか)。

昨夜の「ETV特集」では、「暮らしと憲法 第1回 男女平等は実現したのか」という特集が放送されていました(以前に放送された「ハートネットTV」での特集などをまとめたもののようでした)。70年前に日本国憲法の第24条で男女平等が定められ、その後民法も一部は改訂されたものの、まだ大日本帝国憲法(明治憲法)時代の思想が民法の中に変えられずに残されていて、2016年の世界経済フォーラムによれば、男女平等の度合いは144か国中111位(経済の分野では118位と政治の分野では104位)というほど、日本では現在も、男女の格差の大きい、“男尊女卑”の社会が続いている、というようなことを伝える特集でした。憲法の男女平等の実現のために闘い続けている女性たちの話でした。語りは高橋美鈴さんだったのですが、憲法が施行された年に生まれたという、河島憲代さんという元教師の方の朗読も良かったです。

私には、今の時代に生きている女性たちの中にも大日本帝国憲法下の時代の思想を良いものとして求めている人がいるということが、少し不思議に思えます。例えば、夫から暴力を受けても家や子供のために妻は耐えるべきだとかいうような考え方など、ご高齢の方の中にそのような思想を持つ方がいるとするならまだ分かるような気もするのですが、今の若い女性の中にもそのような意見の方がいるとしたら、その方は少し特殊な方なのではないかなと思えてしまいます。

夫婦別姓のことも、大日本帝国憲法支持者?の方は反対しているそうなのですが、私は、どちらでもいいと思います。結婚をした人が(異性婚だけではなく同性婚も数年後には認められるといいのにと思います)、同姓か別姓かを、最初からでも途中からでも、選ぶことができるようになっているといいのではないかなと思います。名字が異なるというくらいでなくなるような家族の絆なら最初から絆などなかったのだという風にも、もしかしたら考えられるかもしれません。

槇原敬之さんの「どんなときも。」の歌には、「“昔は良かったね”といつも口にしながら生きていくのは本当に嫌だから」という歌詞がありますが、それは本当に大切な感覚であるように思います。でも、もしも万が一、これからの日本の中に、個人の自由や基本的人権や平和がなくなるような時代が来てしまったなら、その時には、自由や人権や平和があった昔の時代は良かったなと、寂しく思ってしまうかもしれません。
プロフィール

Author:カンナ
ブログ初心者です。
感想などを書いています。
マイペースで更新します。
すきなもの
 月・星空・雨・虹・雪
 飛行機雲・入道雲・風鈴の音
 透き通った水・きれいな色
 富士山・東京タワー・ラジオ・音楽
 本・絵画・ドラマ・(時々)アニメ
 掃除機をかけること
にがてなもの
 人ごみ・西日・甘すぎるお菓子
 

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
カウンター
検索フォーム