映画「マイノリティ・リポート」と、「忖度」と、「沖縄を叫ぶ」

昨夜のフジテレビでは、スティーヴン・スピルバーグ監督の2002年のアメリカの映画「マイノリティ・リポート」が放送されていました。

2054年のアメリカのワシントンDCには犯罪の絶えない街の治安を良くするためにプリコグと呼ばれる3人の予知能力者を利用したシステムが構築され、それを使う犯罪予防局でチーフとして犯罪を未然に防ぐ(犯罪者となる人を未遂の状態で逮捕する)ために働いていた捜査官のジョン・アンダートン(トム・クルーズさん)は、賑わうプールで遊んでいた時に息子を誘拐され、妻のララ(キャスリン・モリスさん)とも別居をして暮らしていて、その寂しさを薬物で埋める日々を過ごしていたある日、プリコグに殺人犯になると予知されてしまいました。驚いて犯罪予防局から逃走したジョンは、司法省のダニー・ウィットワー(コリン・ファレルさん)や捜査官たちに追われる身となり、目から読み取られる個人情報を他人のものと変えるために眼球の移植手術をし、殺人を犯すという予知映像が誤りであることを証明するためのマイノリティ・リポート(データとして省かれてしまう少数報告)を脳の中に持っている可能性のあるプリコグの一人のアガサ(サマンサ・モートンさん)を犯罪予防局の聖域から連れ出して、予知された殺人事件の謎とアガサが怯えるアンという女性の溺死事件の真相を探る、というような話です。

映画の原作は、フィリップ・K・ディックさんの短編小説『マイノリティ・リポート』です。私は未読です。

私はこの有名な映画を何となくしか見たことがなく、以前に少しだけ見た時にはハリウッド映画らしい?アクションシーンの多いSFミステリーというような印象だったのですが、それが、今回最後まで見て(吹き替えで、ノーカットではない放送ですが)、「水」が印象的な話だったのだなということも含め、少し変わりました。

2017年の今からすると、映画は37年後の世界の出来事の話ということになりますが、進歩した科学技術や予知能力や霊感というようなSFの要素を除けば、「犯罪を未然に防ぐ」という言葉が国会や報道番組の中などで繰り返されている現在からもう少し先の日本にも起こり得る近未来の話のように思えました。

全てがインターネットでつながって管理されるような社会、犯罪者の出現を「未然に」防ごうとするあまりに冤罪を軽視するような社会、行政のシステムにアクセスする権限を持つ関係者による犯罪を見逃したり隠蔽したりするような社会に、日本がならないといいなと思いました。

映画では、「犯罪予知」が完璧でないことが明らかになったことで6年ほど続いた犯罪予防局は閉鎖されたようで、上層部の人間だからと犯罪が無かったことにされることはありませんでしたが(予知能力者の映像が公開されて大勢の人たちがその殺人を目撃したということもあるかもしれませんが)、今の日本なら「忖度」や「無言の圧力」(圧力を加えたかと訊かれた政治家が「言っていない」と答えているのを時々聞きますが、立場の優位な者が直接言葉に出して言っていなくてもその周囲の者や下の立場の者たちへの圧力になることはあるだろうと思います)で権力者による罪が無かったことにされてしまうこともあるかもしれないなと思いました。

一昨日のNHKの「金曜イチから」という番組では、以前には良い意味で使われていた他人の心を推し量るという意味の「忖度」が最近悪い意味で使われるようになっているので国語の辞書にもその意味を書き加えなくてはいけなくなるかもしれないということが言われていました。

その番組では、「忖度」と「同調圧力」についても言われていたのですが、先月のフジテレビの「批評対談」に出演していた国語学者の金田一秀穂さんは、メディアが2020年の東京オリンピックの開催をみんなが喜んでいる良いことのように扱っていることを例に挙げて、東京オリンピックの開催を嬉しく思っていない人たちもいるのにそのことが言い辛い雰囲気になっているのではないかという趣旨のことを話していて、面白いなと思いました。

あと、テレビやラジオでは、「忖度(そんたく)」は「そ」に強いアクセントがあるように言われていますが(例えば「ランダム」のような感じです)、金田一秀穂さんによると、同じ調子で言うのがアクセントとしては正しいということでした(例えば「万博(ばんぱく)」のような感じです)。そうだったのか、と新鮮な感じがしました。NHKのアナウンサーの方も「そ」の強い「そんたく」の発音を使っているように思いますが、最近のNHKの言葉はあまり基準にならなくなってきているのかもしれません。

映画「マイノリティー・リポート」を見た後、私は、Eテレの「ETV特集」の沖縄の78歳の彫刻家の金城実さんの特集「沖縄を叫ぶ」を途中から見たのですが、戦争で虐げられたり差別や偏見によって傷つけられたりした弱者の姿を彫刻に残していた金城さんは、辺野古に建設される在日米軍基地や日米地位協定のもとでいきることになる子供たちのことを心配していました。

沖縄の読谷村のチビチリガマという谷底の洞窟には千羽鶴が供えられていました。金城さんは、そこに「平和の像」を作ったのだそうです。像の男性は「子持節」という歌を歌っていました。

チビチリガマでは、戦時中、「集団自決」が行われたそうです。金城さんの著作には、「国家主義の教育の結末がこの集団強制死であった」と書かれているそうです。「集団強制死」という言い方を私は初めて聞いたように思うのですが、そのほうが合っているというか、何か鮮烈な感じがしました。

金城さんは、「かわいそう」と「肝苦さ(ちむぐりさ)」は違う、「かわいそう」には上からの目線があるけれど、沖縄の「肝苦さ」は悲しんでいる人の気持ちを自分の身に引き受けて共感するという水平の思考の意味があるという趣旨のことを話していました。また、抵抗の遺伝子は必ず進化する、と言い、(抵抗)運動というのは一番底辺の人間が想像と実践をしなければ成り立たないと話していました。

「共謀罪」を創設する組織犯罪処罰法改正案が可決・成立してしまったなら(与党は「共謀罪」を「テロ等準備罪」と呼んでいますが、テロを防ぐための条文ではないそうです)、日本は大量監視社会となり、例えば沖縄で在日米軍基地の建設に反対の運動をしている市民団対の方たちも、一方的に組織的犯罪集団と見なされて、謎の罪で警察に逮捕されることになるかもしれないと、憲法学者やジャーナリストや人権保護団体の方々が危惧しています。

与党の議員やその仲間のジャーナリストの方たちは、不安を煽っているだけだと言っていますが、市民の人権を守ったり、無実の人が冤罪で捕まらないようにしたりするための法整備については、まだ考えられていないそうです。与党が「テロ等準備罪」と呼ぶ「共謀罪」を創設しようとしている本当の理由は、不明のままなのです。日本は、もしかしたら、民主主義や人権保護や自由や平和を訴える人々、政府の政策を批判する人々が逮捕されているという中国や北朝鮮のようになってしまうのではないかと、憂鬱な気持ちになります。先日の報道ではまた、日本では死ぬ人の数よりも生まれる人の数のほうが減っているとか、100万人未満になったとか、少子化が加速しているということが言われていましたが、政府が国民を監視したり、社会的弱者からお金を強制的に徴収したり(介護保険料を支払うことができないでいる高齢者の財産を国が差し押さえているということを先日の報道で知って驚きました)、特定の仲間たちだけを優遇するような政策を続けたり、少数者の思いを汲み取ろうとしなかったり、教育者や指導者の質の低下を防ぐことができなかったりするのなら、これからも日本の人の数は減っていくという悪循環になるのだろうなと思いました。
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