ドキュメンタリードラマ「あんとき、」

NHKの総合テレビで8月8日の深夜1時台に放送されていたドキュメンタリードラマ「あんとき、」を見ました。

広島の原爆関連のドラマ(「ふたりのキャンバス」)は放送されたのに長崎の原爆関連のドラマは放送されないのだろうかと思っていた時、何となく番組表を見ていてこのドラマのことを知り、どうして深夜の放送なのだろうと思いつつ、録画をしておくことにしました。

ドラマの主人公は、36歳の元ミュージシャンのトシ(小木戸利光さん)でした。3年前に東京でトシさんと喧嘩別れをした元恋人(櫻井綾さん)は、長崎の思案橋の銅座にある祖母のスナックを手伝っていたのですが、お祭りの日の夜、そこへ東京にいたはずのトシさんが現れました。トシさんは、1945年の8月9日の午前11時2分の「あんとき」の体験を語ることなく、6年前の2011年の3月11日の東日本大震災の時に、出かけていた東北の漁港の町で大津波に飲み込まれて亡くなったらしい父親のジロウ(田中泯さん)のことを考えていました。

トシさんの元恋人は被爆3世でしたが、トシさんは被爆2世でした。被爆2世のトシさんは、父親を亡くした後、福島から避難してきたと思われる男子児童が“放射能”のことで同級生たちからいじめられているのを公園で目撃したのですが、被爆2世だと言ってはいけないとスナックを経営する母親(加藤登紀子さん)から言われていたことや、放射能は伝染するのかと友人に訊かれた昔のことを思い出し、その福島の児童を助けることができなかったようでした。そのことをきっかけに、トシさんは音楽を辞めてしまったということでした。

元恋人の祖母のスナックを訪ねたトシさんは、そこで映画館の館主(古舘寛治さん)と出会い、父親や母親の体験した、第二次世界大戦の様子を収めたフィルムを見ました。館主は、時々映画館で見かけたと、トシさんの父親や母親のことを知っていました。トシさんは、銅座の市場の魚屋で働いていた父親のことを思い出していたのですが、スナック経営という母親の仕事のことは良く思っていなかったようでした。しかし、父親を亡くしたトシさんには、家族は母親しかいません。館主に連れて行かれたスナックで、母親と久しぶりに会ったトシさんは、2歳の頃にソ連の進軍して来た満州から引き揚げて来たという母親から、当時の満州のことや、父親が体験した長崎の原爆の話を聞きました。そして、父親の体験したことを少しでも知ろうと、被爆者の方に話を聞きに行くのでした。

作(脚本)は渡辺考さん、脚本協力は青来有一さんと荒井晴彦さん、音楽は半野喜弘さん、演出は渡辺考さんでした。

戦争を起こしてはいけない、核兵器を使ってはいけない、市民が殺戮される事態があっていいはずはないというような、常識的な、でも今の時代には伝わりにくくなってきているような、普遍的な反戦・反核のメッセージが強くはっきりと込められている作品でした。

72年前の戦争と長崎の原爆の記憶の物語と、6年前の2011年3月11日の東日本の太平洋側に起きた大地震と大津波と、その翌日の東京電力福島第一原子力発電所の爆発事故とその後の「原発いじめ」が重ねられて描かれるというところも、珍しいというか、意欲作のように思えました。

ドラマは、8月9日の辺りの夏の日の物語ではありませんでした。登場人物たちはみんな長袖の洋服を着ていましたし、ドラマの中で東日本大震災から6年を伝えるニュースが流れていたので、3月の、春の日の物語だったのだろうと思います。でも、春にしては少し空気が冷たそうでした。

映画館の館主は、トシさんに昔の戦争の映像を見せていたのですが、そうして、ピカソの「ゲルニカ」の話から、ドイツ軍による1937年のスペインの内戦時のゲルニカへ爆撃の話、アメリカ軍やイギリス軍(連合国軍)による1945年のドイツのドレスデンへ爆撃の話、日本軍による1938年から1943年の中国の重慶への爆撃の話などをした後、今も同じことが繰り返されていると、中東の国々の人々が「IS」の壊滅を目指すアメリカ軍やイギリス軍やフランス軍などの爆撃によって殺傷されていることを話して、街を破壊し、たくさんの一般市民を殺傷する戦争の恐ろしさや愚かさを伝えていました。

そのような場面も良かったです。良かったのですが、盛り沢山であるようにも思えました。戦争は酷いものだということを戦争のことをよく知らない人たちに一から伝えようと思うと、多くのことを盛り込みたくなるのだろうと思います。でも、歴史の中には戦争が多過ぎます。数えきれないほど多くの武力を用いた戦いがあり、今でもその過去の戦争の出来事が複雑に重なって戦争が起きています。

北朝鮮がグアムのほうへミサイルを撃つと言っているというような報道が昨日にはありましたが、その真偽はともかく、仮にそのような出来事があったとして、それも過去の戦争とつながっているものなのだろうと思います。沖縄など日本各地に在日米軍基地が置かれたままになっているというのも、過去の戦争の名残です。

ドラマの中の演劇は、ドラマのための作品ではなく、元からある作品だったようでした。あの原爆の中自分が生き残ったのは神様の思し召しではないかと言う女性に、生き残ったのはただの偶然に過ぎない、神様にとっては自分たちは虫のようなものだろうと男性が返す劇の台詞が良かったのですが、その劇の原作は、青来有一さんの小説『爆心』の「虫」という作品だそうです。

ドキュメンタリードラマということで、映像がドキュメンタリータッチだったというだけではなく、ドキュメンタリーの部分も多くありました。それは、戦争の映像や、被爆者の方が語る場面でした。

語り部をしている被爆者の下平作江さんは、被爆者援護法がなかった1955年に、盲腸を患い、お金がなくて治療できないまま腹部にウジ虫が湧いてしまった中学生の妹が、線路に飛び込んで自殺をしてしまったということをトシさんに話して、自殺をしてはいけない、辛くても生きていく道を探して生きてほしいと訴えていました。

先日の8月6日の松井一實広島市長の核兵器を「絶対悪」だと訴える平和宣言の内容も具体的でとても良かったですが、昨日の田上富久長崎市長の国連で採択された「核兵器禁止条約」を「ヒロシマ・ナガサキ条約」と呼びたいと言い、核を抑止力と考えている世界各国の政府や唯一の戦争被爆国でありながらその交渉に参加すらしなかった日本政府の政策を批判する平和宣言もとても良かったです。

安倍首相は式典の演説で「核兵器禁止条約」について一言も触れていませんでした(安倍首相が広島と長崎で“朗読”していた演説の文章はほぼ同じものでした)。長崎の平和宣言では、72年前の原爆投下や今の核兵器のことだけではなく、福島の原発事故のことも触れていました。

平和宣言の中でも言われていたように、思い出したくもない辛く苦しい悲しい体験をした被爆者の方たちが当時のことを思い出して今の私たちに語ってくれるのは、人類の今と未来を守ろうとしているからなのだと思いました。「最も怖いのは無関心なこと、そして忘れていくことです」と田上市長は述べていましたが、本当にそうなのだと思います。

ドラマのトシさんは、被爆者の88歳の谷口稜曄(すみてる)さんを訪ねていました。カラー映像の残っている被爆した赤い背中の少年は、郵便配達をしていた16歳の頃の谷口さんでした。16歳の谷口さんの腕や背中の皮膚は「ピカドン」の熱線で剥がれ落ちてしまったのです。谷口さんの奥さまが谷口さんの身体中に薬を塗っていたのを、NHKの「赤い背中 ~原爆を背負い続けた60年~」で見たような気がします。ドラマでは、谷口さんの赤い背中の事情を詳しく知らなかったトシさんが、谷口さんから、「赤い背中」を見ていないのか、もう何度も同じ話をしてきているが同じ話をするのは疲れると言われていた場面は、本当にドキュメンタリーのようでした。

あるいは、実際にそうだったのかもしれませんが、そうだとしたら、そのままをドラマの中で放送していたのも、良いことだと思います。私も昔の戦争の話を時々こうして見たり聞いたりしますが、見たり聞いたりした全てを詳細に憶えているというわけではありません。見たり聞いたりした時に思ったことの一部が、印象として残っているという感じです。聞いたことがなくても聞いたことがあるような気がしたり、聞いたことがあるのに初めて聞いたように思うこともあるのだろうと思います。世代間格差としても、知らないことや気付かないこと、単純にどうしてだろうと思ってしまうことはあるだろうと思います。

そのため、被爆直後の谷口さんが背中を触って手に付いた黒いものが洋服と一緒に溶けた皮膚や血の塊であることなどを、ドラマのトシさんが何度か質問して谷口さんを閉口させてしまう場面は、とてもリアルに見えました。

その後、核廃絶の運動に参加をしている谷口さんの様子を遠くから見ていたトシさんは、谷口さんの自宅を訪ね、娘さんが谷口さんの傷付いた背中や腹部に薬を塗る様子を静かに見つめていました。

ドラマの最後、トシさんは母親から、亡くなる前の父親がトシさんのために遺していた、被爆した「あんとき」の体験を自身の言葉で語るカセットテープを渡されました。そして、そのカセットテープの声を聴きながら、トシさんは、父親やその家族の被爆体験を追体験していました。

ドラマには実際のその街の人々も出演していたのだと思うのですが、思案橋の銅座のアーケードの市場は、ドラマによると、もうすぐ閉鎖されるのだそうです。

その市場の前を通りかかったトシさんは、閉まっている柵に触れたのですが、そのトシさんの手に誰かの傷んだ手が重なりました。それは、東日本大震災で亡くなった父親の手だったようでした。あるいは、被爆して亡くなった誰かの手だったのかもしれません。市場の奥にはジロウさんが立っていて、トシさんをじっと見ながら、少し笑って、生きろ、と伝えていました。

トシさんの両親が息子のトシさんと年が離れていたことも、何か戦争や被爆体験と関わりのあることだったのかもしれません。小木戸利光さんの演じる30代のトシさんは、加藤登紀子さんの演じる母親と田中泯さんの演じる父親の息子でしたが、長男だとは言われていませんでした。トシさんは被爆3世ではなく被爆2世で、被爆2世であるということから来る痛みを抱えていたようだったのですが、そのトシさんが現代の若者であるということも、このドラマには必要なことだったのだと思います。

ドラマの演出を見ていて、私には、トシさんや母親が思っているようにジロウさんが亡くなっているのか、あるいは生きているのかが、よく分からないようにも思えました。どこかの部屋で一人でニュースを聞いていたジロウさんが、突然何かを思い出して台所の水道の水を飲みに走った時、ジロウさんは亡くなっていたのでしょうか、それとも生きていたのでしょうか。

もしかしたら私が見逃したり聞き逃したりしているだけなのかもしれませんが、あるいはまた、ジロウさんは、東日本大震災の大津波の後、行方不明になったままだということなのかもしれません。東日本大震災では、2500人以上の方が今も行方不明なのだそうです。原爆投下のあった広島や長崎でも、各地の大空襲でも、激戦地となった島々でも、中国の満州でも、ロシアのシベリアでも、恐ろしい酷い戦禍の中で、亡くなったことが知られていない人たちはたくさんいるのだろうと思います。

ドラマには、たくさんの「あんとき(あの時)」が描かれていましたが、それぞれの「あんとき」を、ドラマを見ながら、自分の記憶の中の様々な「あの時」と一緒に考えることもできました。戦争体験や被爆体験を伝える物語を作る時、どのような角度から切り取っても、切り取りきれるというものではないのだろうと思います。同じ体験をした人同士でも、その体験の記憶は異なるのだろうと思いますし、伝えても伝えても伝えきれないというか、そのようなところはあるのだと思いますが、それでも戦争は絶対に起こしてはいけないもので、核兵器は絶対に使ってはいけないものだということ、辛く思うことがあっても死なずに生きてほしいということを伝えたいということが、ドラマを見ている私にもよく伝わってくる良いドラマだったように思います。

深夜の1時台という遅い時間に放送されていた約1時間15分のドラマでしたが、私も見ることができて良かったです。
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