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「砂川事件 60年目の問いかけ」と、「カズオ・イシグロが語る世界」のこと

NHKのETV特集「砂川事件 60年目の問いかけ」を見ました。

一昨年に安倍自民党政権が「集団的自衛権」を国会の強行採決で成立させた頃、その行使容認の与党側の根拠として、「砂川事件」の話が出ていました。今年はその1957年に起きた「砂川事件」から60年になるそうです。

砂川事件の砂川とは、東京都立川市の砂川町のことで、今は昭和記念公園や自衛隊の駐屯地になっている辺りは、もともとは桑畑などの畑だったそうなのですが、戦前には大日本帝国陸軍の基地として接収され、終戦の直後には進駐軍(アメリカ軍)の基地として使われていたそうです。そして、1957年、進駐軍の立川基地の拡張工事計画に反対した住民の学生などのデモ隊が基地の柵を倒して基地内に数メートルほど侵入したとして7人が逮捕・起訴されるという砂川事件が起きたということでした。

番組では、逮捕された青木さんや土屋さんや武藤さんが事件について証言をしていました。反対運動を行っていた土屋さんたちは、基地の中からアメリカ兵に見張られていたそうなのですが、当時の在日アメリカ兵によると、反対派の人々のことを農地を返してほしい地元住民とは思わず、「共産主義者」だと思い、上司の命令で弾の入っていない銃を反対派に向けて構えていたのだそうです。

逮捕・起訴された7人は、東京地裁では無罪とされたそうです。7人を無罪とした伊達秋雄裁判長の判決は、日本国憲法の第9条によって日本が戦力を持たない中、在日米軍が日本を守るための戦力であるなら、在日米軍の駐留は憲法違反である、という趣旨のものでした。

事件の起きた当時の日本では、安倍現首相の祖父である岸信介首相が、アメリカとの間に新しい日米安全保障条約を締結しようとしていました。岸首相は、在日米軍の駐留を憲法違反とする東京地裁の伊達さんの判決を、岸内閣の下での日米安保条約の締結に影響が出るものと恐れたそうです。

その一方でアメリカ政府は、日本がアメリカと離れて「中立化」することは、東アジアの情勢を不安定化につながると考えていたそうです。

そして、2008年、機密指定が解除されたアメリカの公文書の中から、当時の駐日大使のダグラス・マッカーサー2世と藤山愛一郎外務大臣が話し合い、砂川事件の伊達判決について、日本政府が最高裁へ「跳躍上告」をすると約束したことを記した文書が発見されたのだそうです。最高裁の田中耕太郎長官は、全員一致で判決を導き出すと、マッカーサー2世に約束していたのだそうです。

その事実は、当時の藤山愛一郎外務大臣や伊達判決を否定した田中耕太郎最高裁長官とは一体アメリカの「スパイ」のような存在だったのだろうかと奇妙に思えるほどの、驚くべきことであるように思えるのですが(「沖縄と核」という特集で伝えられていた、沖縄に核を持ち込むことを沖縄の人々には事前に知らせないでほしいと駐日大使に頼んでいたという小坂善太郎外務大臣にも驚きましたが)、多くの国民が知らないだけで、そのような恐るべき「対米従属」的な裏取引は、実際に現在でも行われているのかもしれません。

最高裁の田中長官は、「統治行為論」を持ち出して、東京地裁の伊達判決を否定したそうなのですが、その「統治行為論」というのが、2015年に成立した安全保障関連法の「集団的自衛権」の行使容認の理由として与党に使われていた、裁判所は高度に政治的な判断を有する事案には介入しない、という理論でした。

1959年12月に最高裁が伊達判決を覆して7人を有罪にすると、その翌年の1970年1月に日米安保条約の調印が行われたそうです。

土屋さんは、アメリカは機密指定の公文書が公開されているだけまだ民主的だと話していたのですが、アメリカ政府とそれに従属する日本政府の闇は根深いように思いました。

ただ、田中長官の出した「米軍駐留は合憲」とした最高裁の判決に、当時の裁判官の入江俊郎さんが補足をしているそうです。その補足の内容は、裁判所は行政が憲法に違反することをした場合にはそれを指摘することができるという意味のものなのだそうですが、それは行政の権力を無効化することができるものでもあるため、入江さんは、「統治行為論」で「人権制限」を認めたことを悩む一方で、選挙で選ばれたわけではない裁判官が、選挙で選ばれた議員たちが国会で決めたことを判断するとすれば、それは裁判官政治になってしまうのではないかということにも悩んでいたということでした。入江さんは、三権分立の基本原理のもとで国会の民主主義は成熟しているかということを考えていたそうです。

砂川事件で在日米軍の存在を合憲と認めさせた岸信介首相の当時の演説時の音声がカセットテープに残っていたのですが、岸首相は、自分は自衛隊は合憲だと考えているが、憲法の文章に合憲か違憲かを話し合う余地があるのがいけないというような意味のことを述べていました。

岸信介首相は、連合国による戦後の東京裁判(極東)で「A級戦犯」に指定されそうでそうならなかった人のようなのですが、その理由などが記されているというアメリカの公文書は、すでに公開されているのでしょうか。それともまだ非公開のままなのでしょうか。沖縄県内にアメリカ軍の基地を固定化してしまうような政策を進めていたのは、どうしてなのでしょうか。

砂川事件の後、立川基地の米軍は横田や沖縄の基地に移転し、米軍が抜けた立川の基地には自衛隊が入ったそうです。土屋さんは、ちゃんと反対運動ができなかったとして、沖縄の人たちにも横田の人たちにも申し訳ないと話していました。

土屋さんたちは、砂川事件の裁判のやり直しを裁判所に訴えているそうなのですが、裁判所からは却下されているようでした。それでも諦めずに抗告し続けているそうです。却下せずに告訴を認め、逃げずに過去の裁判を受け止めて考え直すことのできる裁判長は現れるでしょうか。砂川事件から60年経った今、憲法9条を巡る問いかけは今でも続いていると、番組は最後に伝えていました。

先日、ジャーナリストの方(名前を忘れてしまいました)がラジオで、メディアが劣化しているということは社会が劣化しているということだと話しているのを聴いたのですが、その中で、自由を恐れる国民の気持ちがファシズムの台頭につながる、という意見が出ていて、なるほどなと思いました。日本人が横並びであることを求めたり、組織への帰属意識が強まったりするのは、そもそも個が強くないからだそうです。

「独裁者」的な人物が為政者の中に増えていく理由の中には、未来への不安から、自分で「自由」に判断することを恐れ、勢いのある他人に自分の人生を委ねたくなる気持ちが強くなる人が増えているからというようなことも、もしかしたらあるのかもしれないなと思いました。

私は砂川事件(砂川闘争とも呼ばれているそうです)について詳しく知らなかったので、「砂川事件 60年目の問いかけ」の特集を見ることができて、少しでも知ることができて良かったです。


あと、NHKのBS1で土曜日の夜7時から放送されていた、ノーベル文学賞の授賞式を控えた小説家のカズオ・イシグロさんへの単独インタビューの様子を伝える特集「ノーベル文学賞 カズオ・イシグロが語る世界」(私は録画をしておいたものを後で見たのですが、「国際報道2017」で放送されていたものの拡大版でした)も、とても良かったです。

ノーベル平和賞を核廃絶を訴えるICANと広島と長崎の被爆者が受賞したことの重要性や、現在の日本について、過去(戦争時代の被害と加害の事実)を忘れることで民主主義社会として発展した側面と、過去を忘れることで周辺諸国との外交に損害が生じている側面とを、言葉を選びながら指摘していたカズオ・イシグロさんの分析は、正しいように思えました。文学(映画や演劇や漫画なども含めた様々な文化芸術作品)は自分自身を深く見つめ、他者の考えを理解し、人間の感情を分かち合うことの助けになるからとても大切だというようなことを、カズオ・イシグロさんは話していて、本当にそうだなと思いました。

忘却には、意識的にできるものと意識的にはできないものとがあるような気がします。忘れたくても忘れることができないこともあれば、忘れたくないように思えていてもいつの間にか忘れてしまうこともあります。記憶によっては忘れたほうが楽に前に進むことができるというのは、個人も、個人の集まりである社会も同じなのかもしれませんが、例えば自分が自分を自分だと思うことができるのは、過去の自分の記憶が今の自分の記憶とつながっていると思えるからで、それは国や地域の歴史もそうなのではないかと思います。

国が忙しく発展するために過去の出来事を忘れることがあったとしても、それは表面的なもので、国がその国であり続けるのなら、本当に忘れることはできないのではないでしょうか。それに、ある事実を忘れることや忘れないことと、その事実に伴う感情を忘れることや忘れないことは、別のことであるようにも思えます。近い未来のために大事なことを無理矢理に忘れようとしたことが、遠い未来を暗く塞いでしまう可能性もあると思います。世の中のことで分からないことは多いですが、すぐに答えが出ないようなことでも、それを諦めずに考え続けていくことが大切なのだと思います。
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Author:カンナ
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