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映画「火垂るの墓」

先週の13日の金曜日の夜、日本テレビの「金曜ロードショー」で高畑勲監督の追悼企画として放送されていた、スタジオジブリのアニメ映画「火垂るの墓」を見ました。

映画本編の直前には、高畑勲監督を取材した過去のドキュメンタリー映像が流れていました。

「火垂るの墓」は1988年に公開された映画で、「金曜ロードショー」の枠では10回以上放送されていると思うのですが、私は今までこの映画を見たことがありませんでした。理由は、戦争もので、怖そうだったからです。先にこの映画を見た人が怖いと言っているのを聞いた私は、怖い映画なのだと思い込み、ずっと見ないようにしていました。でも、先週に高畑勲監督の追悼企画で放送されたこの映画「火垂るの墓」を見て、それは間違っていたと思いました。あるいは、日本の戦争の歴史を昔よりも少しは知っている今にこの映画を見たことが、私にはちょうど良かったのかもしれません。空襲の場面もあって、人の死体も描かれていますし、怖く思える部分もあるのですが、怖い話というよりは、とても悲しい話でした。

「14歳の兄と4歳の妹が懸命に生きようとする感動作」と番組の解説に書かれていたのですが、「感動作」と言ってしまうと、悲しさが弱まってしまうような気がします。

物語の舞台は、6月5日に空襲のあった兵庫県神戸市と西宮市の辺りだそうです。主人公は、旧制中学校に通う生徒だった清太(声・辰巳努さん)です。6月の空襲から敗戦1か月後の9月までの、約3か月間の物語でした。

脚本と監督は高畑勲さんです。音楽は間宮芳生さんです。映画の原作は、野坂昭如さんの小説『火垂るの墓』です。

「昭和20年9月21日夜、僕は死んだ」と、三ノ宮駅の柱の脇で息絶える戦争孤児となった自分の姿を見つめていた清太さんが、駅員の投げ捨てたサクラドロップの缶の中から零れ落ちた小さな遺骨から現れた、先に亡くなって荼毘に付された妹の節子(声・白石綾乃さん)の幽霊(魂)と蛍の儚い光の中で再会し、節子さんと二人で電車に乗って旅をするというところから始まる冒頭が圧倒的で、その場面にこの映画の全部が詰め込まれているのではないかと思えるほどでした。

母親が空襲で大火傷を負って死んだ後、戦艦に乗る海軍の軍人だった父親が行方不明となる中、栄養失調で病気になった妹を看取った清太さんが戦争孤児となって衰弱して儚く死んでいく不幸な現実と、比較的豊かな生活を送っていた幸福な過去(第二次世界大戦前の頃または清太さんと節子さんの死後)との差が、対比(コントラスト)として際立っていました。

清太さんと節子さんに冷たい態度を取っていた父方の親戚のおばさん(声・山口朱美さん)は、愛国婦人というか、軍国主義・全体主義の思想が染みついている感じの婦人でした。清太さんは、観艦式で見送った父親を尊敬しているようでしたし、軍歌も憶えて歌っていたのですが、通っていた旧制中学校が焼失してからは学校へ通っていませんでした。清太さんのことを「お国のため」の活動を行っている自分の子供たちと比較して「ぶらぶらしている」と非難していたおばさんの話によると、消防団にも隣組にも参加しておらず、4歳の妹の節子さんを一人で守る暮らしに徹していました。

そのような点で、居辛い親戚の家を自ら出た後、近くの洞窟(壕)で妹の節子さんと二人だけの暮らしを始めることにした清太さんは、当時の日本の社会(戦争を始めた社会、戦争に協力する社会)から切り離されていました。清太さんは、戦時なのだから国民は一丸となってお国のために生きて死ぬべきというような、軍国主義・全体主義の思想の蔓延している当時の社会生活を完全に拒絶していたのだと思います。

戦争の最中の苦しい時に、時々ふと戦前の穏やかな日々の出来事を思い出す感じも、悲しい感じがしました。清太さんは、節子さんを食べさせるために近くの畑から野菜を盗んだり、空襲時には火事場泥棒のようなこともしていましたが、もともとは良家の子のようだった清太さんと節子さんは、ある種の純粋さや気高さのようなものを、最期の時まで持っていたのかもしれないと思います。

戦時下の生活が描かれていた映画の中には、当時の政治家も、戦う日本兵も登場しませんでした。ただ、日本(神戸)の上空に現れる米軍の戦闘機の群れと、そこから雨のように地上に降り注ぐ焼夷弾と、燃える家々と死体の山、怪我や飢えや病で衰弱して死にかけている人々とその周囲を飛ぶ蠅、飛ぶ蛍の黄緑色の光、光を弱めて死んでいく蛍の姿が描かれていました。

夜、清太さんが節子さんのために蚊帳の中に放った蛍たちは、翌朝みんな死んだようでした。死んだ蛍を集めて土の穴に埋めようとしていた節子さんの手の中で無数の黒い死骸がカサカサとした音を立てていました。

清太さんの前でよく笑う節子さんの元気な声がかわいらしかったです。青い空や白い雲、空襲で壊された街の水道管から噴水のように上がる水、青々と茂る草木や野菜、氷、スイカ、雨、カエルの棲む池、洞窟、母親の形見の着物や指輪、ガラスのおはじき、人形、土鍋や七輪、ごはん、ブランコ、穴の開いた番傘、サクラドロップの缶など、節子さんの元気だった頃には楽しそうに見えていたものが、節子さんがいなくなると色褪せていきました。

清太さんは、「玉音放送」を聴かなかったようでした。日本が敗戦したという事実を知らなかったようでした。現実逃避的な生活を送っていた清太さんが銀行へ行ってそのことを知った時には、世の中は敗戦を受け入れた「戦後」になっていました。洞窟の中で衰弱死した節子さんを荼毘に付した清太さんが、その後、三ノ宮の駅で浮浪児となるまでの出来事は特に描かれてはいませんでしたが、亡くなる間際の清太さんが持っていたのは、節子さんの遺骨の入ったサクラドロップの缶だけだったようでした。

最後、電車の椅子に座っていた清太さんと節子さんの幽霊は、丘の上のベンチから、復興した現代の神戸の街の夜景を二人で見ていました。

今から約30年前の1988年の映画とは思えないというか、絵柄も色使いも、登場人物の台詞も物語の展開も、全く古さを感じさせない映画だなと、映画を見終わって思いました。今までにこのアニメ映画を好きで見てきた方にとっては当然のことなのかもしれませんが、今回初めて見た私には、驚きでもありました。普遍的な映画のように思いました。

1988年は昭和63年ですが、「火垂るの墓」が、先の第二次世界大戦(太平洋戦争、大東亜戦争)のあった昭和の時代の終わる年(昭和64年は1週間で平成元年に替わりました)に公開された映画であるということも、偶然なのだろうとは思いますが、何か象徴的であるような気がします。

何度も放送されているこの「火垂るの墓」は、有名な映画ですし、今更一視聴者の私が言うことでもないとは思うのですが、確かに「名作」でした。片渕須直監督の2016年のアニメ映画「この世界の片隅に」を好きな人は、「火垂るの墓」も好きなのではないかと思います。

穏やかな日常が誰かの始めた戦争によって突然破壊されるということへの恐怖や怒りや悲しみは、でも、映画「この世界の片隅に」を映画館で見た時のほうが強かったように思います。映画「火垂るの墓」には、空から爆弾の落ちていく地上を見るという(米軍機目線のような)構図はなかったような気がします。一貫して清太さんの目線で描かれていました。空も、街も、人も、地面も、蛍も、です。最後の都市の夜景も、清太さんと節子さんの幽霊の見ているものを、今私は見ているのだという感じがしました。

映画の中で農家のおじさんが清太さんを説得しようとしていたように、もしも清太さんが節子さんを連れて親戚のおばさんの家に戻っていたなら、節子さんは死ななかったかもしれません。でも、母親を空襲で亡くした後、当時の全体主義的な社会生活を拒絶し、幼い妹との暮しの中に閉じこもっていた清太さんには、その社会の中に再び戻ることはできなかったのだろうと思います。個人主義的な清太さんのことを自分勝手だという風に思う方ももしかしたらいるのかもしれませんが、私にはそうは思えません。

清太さんはある意味では現代的な少年として描かれているので、その気持ちが現代の私に分かりやすいということなのかもしれませんが、そもそも為政者や軍人などの大人たちが戦争を始めなければ、子供の清太さんも節子さんも、戦争の社会を生きるような事態にはなりませんでした。

今年は戦後73年の年ですが、軍備を拡張し、軍事的圧力で平和を作ろうという「積極的平和主義」なるものを掲げて日本国憲法の平和主義を否定する現政権(安倍政権)下の日本には、戦前のような、戦争に向かいそうな「空気」があるそうです。私は昔の戦争時代を生きていないのですが、そうなのかもしれないと、何となく不安に思います。第二次世界大戦になる頃の社会主義や全体主義について書かれている本を読むと、今の日本の政治や社会の様子とも重なる部分が意外と多いことに驚きます。報道によると、一昨日にアメリカ政府とイギリス政府とフランス政府がロシア政府の支援を受けているシリア政府の自国民に対する「化学兵器使用」を疑ってその“報復”のためにシリアにミサイル攻撃を行い、日本政府はその米英仏の軍事行動を支持しているそうです。でも、武力攻撃でシリア国内の戦争が収まるようには思えませんし、その国の人々が助かるようにも思えません。

約73年前の昭和20年の初秋に命を落とした14歳の清太さんと4歳の節子さんの魂は、今もあの場所から現代の街を見ているのかもしれません。清太さんと節子さんが生きることのできなかった戦後の、一見戦争のない平和になった未来の日本を今の私たちは生きているけれど、いつか新たな戦争が始まらないようにするためにも、清太さんや節子さんの生きていた時代のことを忘れて生きていてはいけないのだと思います。

高畑勲監督の映画「火垂るの墓」も、片渕須直監督の映画「この世界の片隅に」も、宮崎駿監督の映画「風立ちぬ」も、「反戦映画」として作られたものではないのだろうと思いますが、結果的には「反戦映画」になっているのかもしれないと思います。少なくとも、この映画を見て、戦争という災いに良い印象を持つ人はいないだろうと思います。「あの頃は今よりも良かった」などという風に、昭和の戦争時代を懐かしむような映画(私はその時代を生きていないのではっきりとは分かりませんが)でもないと思います。

怖い映画と聞いて、怖そうに思って、私は今までこの映画「火垂るの墓」を見るのを何となく避けていたのですが、今回見ることができて本当に良かったです。原作の野坂昭如さんの短編小説も私は未読なのですが、読んでみようと思います。スタジオジブリの高畑勲監督の映画「火垂るの墓」は、悲しい映画でしたが、怖い映画ではありませんでした。戦争の映画なので過酷な場面もありますが、現代性もありますし、戦時下を二人で生き抜こうとした兄妹の生と死を静かに見つめていく、鎮魂の映画でした。
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Author:カンナ
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