「平和に生きる権利を求めて~恵庭・長沼事件と憲法~」

先月末に放送された、NHKのEテレのETV特集「平和に生きる権利を求めて~恵庭・長沼事件と憲法~」を見ました。

恵庭事件のことも長沼ナイキ事件のことも、このドキュメンタリーを見るまで、私は知りませんでした。恵庭事件というのは、北海道の恵庭町で両親と酪農の仕事をして暮らしていた野崎健美さんと美晴さんの兄弟が、敗戦後にアメリカ軍の演習基地となっていたのを陸上自衛隊が引き継いだ島松演習場での射撃訓練の爆音に耐えかね、訓練のある時には事前に連絡すると約束した自衛隊がその約束を守らないため、1962年の12月、自衛隊が訓練に使っていた電話線を自衛隊員たちの目の前で切断した、というような事件でした。射撃訓練の爆音に人間も牛も苦しみ、体調を崩していた野崎さんの母親は裁判の公判中に亡くなったそうです。

長沼ナイキ事件というのは、北海道の恵庭町の隣の長沼町の馬追山の中腹に航空自衛隊の「ナイキ地対空ミサイル基地」を建設するため、1969年、農林大臣がその馬追山の中腹の林を伐採することを決め、町を水害から守る保安林を伐採されては困る、攻撃対象にされるミサイル基地を作られては町の平和が脅かされると反対した長沼町の住民たちが、自衛隊が憲法違反の存在であるなら自衛隊のミサイル基地建設に公益性はないと主張して行政訴訟を起こした、というような事件でした。

番組は前半と後半で別れていて、前半は「第一章 恵庭事件」、後半は「第二章 長沼ナイキ事件」でした。元自民党衆議院議員の小泉純一郎さんが総理大臣を務めていた2003年の「イラク復興支援特措法」での自衛隊のイラク派遣を日本国憲法9条違反だとして3264人の原告が名古屋地裁に訴訟を起こしたことも伝えられていました。

恵庭事件の野崎さん兄弟が自衛隊法第121条違反で逮捕されると、内藤功さんを始めとした弁護団がすぐに組まれたそうです。国際基督教大学の名誉教授の笹川紀勝さんは、北海道大学の学生だった頃、自衛隊法第121条違反で逮捕されたという野崎さん兄弟の小さな新聞記事を深瀬忠一准教授に見せたところ、深瀬先生は、これは大変なことだと驚き、野崎さん兄弟に会いに行ったそうです。

恵庭事件の特集では、今回テレビ初公開となったという、裁判時の録音テープの音声の一部が公開されていました。証人の田中義男元陸軍大将?は、朝鮮半島で武力紛争が起きた場合には日米共同で軍事行動を行い、米軍が敵国を攻撃した時には日本が後方支援をするとシミュレーションした「三矢作戦研究」(1963年)という資料について、自衛隊は軍隊だと思うかと訊かれた田中さんは、自衛隊は軍隊だと思います、でも「三矢研究」は憲法に抵触していないと答えていて、「“敵に勝つ”ということは優勢になったというだけでは敵が参ったということにはならないわけで、勝った勢いをさらに拡充して徹底的な成果を治めることによって本当に勝負がついたということになる」と話していました。つまり、田中さんの考えでは、自衛戦争はしても侵略戦争はしないという風に言いつつ、反撃作戦では自衛隊が日本の領域外に出る可能性も十分にあり得るということのようでした。

内藤弁護士は、「三矢研究」を考えていた田中さんたちが自衛隊を軍隊と思っているということは重大なことで、自衛隊が軍隊であるなら憲法違反なので野崎兄弟は無罪になる可能性が高いと考えたそうです。しかし、担当の親崎検察官は、高度に政治的なので裁判所は審理すべきではないとし、砂川事件の時と同じ、「統治行為論」を持ち出して裁判から逃げたようでした。東京大学の名誉教授という高橋和之さんという方は、裁判所がこの件には立ち入らないでおこうと審理を避ける「統治行為論」について、認められると話していました。

現在82歳という野崎健美さんは、弁護団は被告の正当防衛よりも、自衛隊が違憲だから被告は無罪だとして自衛隊は違憲だということを勝ち取ろうとしていたので、私とはちょっと立場は違う、私は自衛隊がいかに酷いことをやったか、平和に生きる権利を侵害してきたかを証明しようとしたという趣旨のことを話していました。野崎さんにとっては、自衛隊が違憲か合憲かということの前に、平和な生活を取り戻すための闘いだった、自衛隊の行いから身を守るための正当防衛だったということでした。野崎さんは、平和に生きる権利は国民の不断の努力によって保持しなければ、守るために行動しなければ、守ることができないと話していました。

番組では、深瀬先生の、「野崎さん一家が米軍及び自衛隊による軍事演習によって憲法が保障している生命、自由、財産、幸福の上にどれだけ深刻不当な被害を受けたか、どれだけ粘り強く不断の努力によって憲法が国民に保証している正当な権利を守るろうとしてきたか。これは野崎さん兄弟だけの問題ではない。野崎さんが守ろうとした憲法上の徹底的に平和な人権主義か、それとも検察官、自衛隊側が押し付けようとしている軍事目的優先主義かという憲法原則の争いだ。国民はどちらを勝たせるか高みの見物では済まされない。ここでの野崎さん兄弟を通じて自分自身の権利が争われているのだという本質を国民は見なければならない。野崎さん兄弟の平和な乳牛牧場での生活権は日本国民のみならず平和を愛する全ての国民の人権に関わりを持っていると申して過言ではない。軍備拡張、核の拡散は現実に留まるところを知らない。このような恐怖から免れて地上の最大悪から日本国民と世界の諸国民を救うためには憲法として何をなし得るか。それはまず人間の普遍的な理性と尊厳の名において『平和的な生存権』を確認し、その破壊が客観的な正義に反することを宣言することだ。それは決して単なる悲壮な倫理の叫びではない」という言葉を伝えていました(本当はここに書いた言葉よりももっと丁寧な言葉で話していました)。

野崎健美さんの弟の美晴さんは、「私はこの裁判を通じてより大きなものを得ることができました。その一つは平和を求める多くの仲間たちを知ったことです。私はかつて『あたらしい憲法のはなし』という本で教育を受けました。先生も一切の戦争はしないのだと教えてくれました。それを日本人の誇りにしろとも教えてくれました。検察官や裁判官も、戦後、法律を勉強されたのなら憲法第九条は一切の戦力をもってはならないと教えられたはずです。」と裁判で述べていました。

笹川さんは、日本国憲法の「前文」は理念で規範性はないという人もいるが、深瀬先生は「前文」で言っていることを各条文で保障する関係にあると考えていたと話していました。憲法のいろいろな条文の中に染み通って動かしている根底にあるのは「平和的生存権=基本的人権」だということでした。

1967年の3月29日に恵庭事件の判決が出たそうなのですが、辻三雄裁判長の出した判決内容は、野崎さん兄弟が切断した通信線は自衛隊の訓練に重要な意義を持っていないから自衛隊法違反にはならない、だから無罪とする、というようなものだったようでした。裁判所は、自衛隊が違憲か合憲かという点には触れないようにし、自衛隊が合憲か違憲かという論争をなかったことにしたのでした。そのため、「肩すかし判決」と呼ばれていて、控訴できなくなった当時の弁護団は怒っていたそうです。笹川さんは、判決の報告会で弁護士たちが憤慨して酷い裁判だと言っていたことが忘れられません、でも深瀬先生一人は違った、勝ったんだと言った、それは弁護士たちの言わない言葉でした、野崎さんが勝ったんだ、野崎さんが生活を守るために(訴訟を)やって無罪を勝ち取ったんだ、勝利なんだ、と喜んでいたそうです。笹川さんは、深瀬先生は基本的に個人の権利を守るということを貫いた、譲らなかった、それは本当に大きな視点だと思う、と話していました。

検察側は、被告が無罪となって検察側が裁判には負けたのに喜んでいて、控訴をしなかったそうです。早稲田大学の水島教授によると、それは政府側が自衛隊に違憲判決が出ることを恐れたために非常に不自然な形で収束させたということでした。

長沼ナイキ基地訴訟の特集では、ミサイル基地建設に反対する長沼町の幅田末吉さん(現在83歳だそうです)たちが訴訟を起こした札幌地方裁判所の裁判官で今は弁護士の仕事をしているという87歳の福島重雄さんが、当時の裁判について話していました。

福島裁判官は、裁判の前に、裁判所の平賀健太所長から一通の手紙を受け取ったそうなのですが、そこには、国が行う治水工事によって長沼町への水害は十分に防止できる、という内容のことが書かれていたそうです。それを読んだ福島さんは「裁判干渉」だと思い、記者会見を開いて、時の政治権力に進んで迎合したはっきりとした証左であると、メディアに手紙の事実を告白したそうです。裁判官の独立を揺るがしかねない司法の危機だと、当時大きく報じられたそうです。

1969年の8月の裁判で福島さんは執行停止を認めたそうです。しかし、国は控訴し、翌年の札幌高裁で福島さんの判決は取り消されたということでした。ミサイル基地の建設が本格化すると、幅田さんたち住民は行政訴訟を起こしたそうです。長沼ナイキ基地訴訟です。福島さんは再び裁判に臨み、2年前の恵庭事件の内藤弁護士たちも住民側として加わったそうです。憲法学者や自衛官や元軍人(真珠湾攻撃の航空参謀だった源田実という人?)や軍事評論家などの24人の証人尋問が行われ、自衛隊は合憲か否かを話し合ったそうです。長沼町の住民にとっては、ミサイル基地を作られることは、他国から攻撃を受けるかもしれないという恐怖であり、平和に生きたいから軍事施設を作られては困る、しかも、その軍事施設は憲法に違反しているかもしれない、そのような基地を作られては困る、という思いでした。憲法の前文に書かれている平和的生存権が脅かされると考えていました。

1973年の9月、札幌地裁の福島さんは、保安林の指定解除の指定を取り消す判決を出したそうです。自衛隊が軍隊であるなら「戦力の保持」を禁じている憲法9条違反に当たるとし、「統治行為論」で逃げるようなことはしなかったのでした。そのことについて記者の方に訊かれた福島さんは、できるのに何でそうするんですか?、政府を擁護するために?、それが今流行りの忖度でしょう、それでは裁判の問題の解決にはならないと言い、重大な憲法違反の状態の発生の疑いがあって国民の権利が侵害されている時には裁判所は憲法判断をする義務があるという趣旨のことを毅然と話していました。

国が控訴すると、1976年8月、札幌高裁は平和的生存権を認めず、一審の判決を破棄したそうです。東京大学の高橋教授は、福島さんたちの考えとは異なり、権利の内容としては非常に抽象的な規定だから白黒つけるのは土台無理があるのだと話していました。

政府とは異なる見解を示した福島裁判官は、家庭裁判所に“左遷”になったそうです。福島さんは、15年ほど冷や飯を食わされたが、出世がしたくて裁判所に入ったわけではない、自分の良心に従って生きたことが大きな喜びだと話していました。

1977年の茨城県の百里基地建設訴訟でも、自衛隊が合憲か否かは裁判で争われたそうです。基地建設に反対する住民側は、自衛隊は違憲という判断を求めていたそうなのですが、裁判所は「統治行為論」を使って自衛隊の違憲性について判断を避けたため、住民側は敗訴となり、百里基地は建設されたそうです。

福島さんは、憲法の前文の「平和的生存権」を特殊な権利かのごとく考えるほうがおかしい、世界平和のためには事あるごとに裁判で具体的な事例を積み重ねていかないといけないと話していました。

自民党の衆議院議員だった小泉純一郎さんが総理大臣だった頃の2003年にアメリカはイラク戦争を始め、日本政府はイラク復興支援特措法を作って自衛隊のイラク派遣を決めたのですが、その日本政府に対して行われた自衛隊イラク派遣差し止め訴訟では、鈴木善幸内閣の元郵政大臣で元防衛政策次官の北海道出身の箕輪登さんたちが、自衛隊のイラク派遣は憲法9条違反だと札幌地裁に訴えたそうです。箕輪さんたちは、自衛隊のイラク派遣により、日本はテロの標的となり、国民一人一人の平和的生存権が脅かされると考えていました。日本はどうなるのかと心配していたという箕輪さんは、「軍隊とは血を流す政治です。外交とは血を流さない政治です」と言ったそうです。その後の2004年のイラク日本人人質事件の時には、箕輪さんは、自分を人質の身代わりにしてほしという声明を犯行グループ側に出していたそうです。

名古屋の川口弁護士と3264人の原告は、「戦争や武力行使をしない日本に生きる権利」を、名古屋地裁に訴えたそうです。その権利は、「他国の市民に対して加害者にならずに生きる権利」でもありました。2006年に訴えは棄却され、裁判に勝った国側は、平和的生存権は具体的な権利ではないから訴えは無意味だとしたそうなのですが(その国の考えは東京大学教授の高橋さんの考えと同じようでした)、その際、裁判所は、航空自衛隊の空輸活動の一部は憲法第9条違反である、平和的生存権は具体的な権利であり、基本的人権の基礎にある規定的権利であり、単に憲法の基本的精神や理念に留まるものではないと認めたそうです。

その判決を高く評価した原告の住民側は、控訴をしませんでした。名古屋高裁の青山邦夫裁判長は、その裁判を最後に退官し、今は弁護士の仕事をしているそうです。

青山さんは、この番組で初めてテレビの取材に答えたそうです。青山さんは、「平和的生存権には学説の対立がありまして、多数説をいわれる人たちは裁判所に救済を求めるような権利ではないと言うが、そうではないのではないかと感じていた。平和という概念が抽象的だからいけないのか?しかし、権利はそれだけに発生して発展していくものだから最初から、内容が全て明らかになるというのはなかなかないので、いろんな辞令の集積があって内容が充実していく面がありますから、抽象的過ぎるということでみんな切り捨てていったら時代の動き、あるいはニーズに応えるような形にはできない」という趣旨のことを、ゆっくりとした口調で話していました。

青山さんは、今も平和的生存権の意味を考え続けているそうです。平和主義と人権保障は表裏一体になっている、その中にあるのが平和的生存権で、不断に自分たちで守る努力をしなければいけない、誰かがやってくれるということではない、蔑ろにすれば失われてしまうものだ、特に平和というのは戦争行為が始まれば誰も止められなくなる、そのずっとずっと前から用心して、そういう違法行為のないように目を光らせていくことが必要である、戦前の歴史がそれを証明している、と話していました。そうなのだなと思いました。

沖縄の在日米軍の普天間基地の近くに住んでいる呉屋さんという方も、生活を守るためには声を上げていくことが必要だと話していました。子供が生まれてから、爆音の響く基地のある環境が異常であることに気付いたということでした。普天間基地の爆音差し止め訴訟を起こしているそうです。法的根拠は、人格権、環境権及び平和的生存権という、基本的人権でした。2017年の12月に普天間第二小学校の校庭に米軍機の窓枠が落下するという事故が起きましたが、その後、その学校の屋上には監視員の方が立つようになったそうです。そのようなことになっているとは、知りませんでした。あまり報道されていないのかもしれません。

米軍基地に反対する沖縄の住民の方たちが、基地の前で、日本国憲法の前文を朗読していました。恵庭事件から半世紀、平和的生存権はいくつもの裁判を経て権利として認められるようになってきた、これは一人一人の人権から平和を取り戻していく試みだと、番組は最後に伝えていました。

日本国憲法の前文に書かれている平和的生存権(全世界の国民が平和のうちに生存する権利)を国民の基本的人権として認めるか認めないかは、そのことを判断する人が、政府の側につくか、国民や社会的弱者の側につくかによって違うのかもしれないと思います。「個人」が消されているの2012年(平成24年)の自由民主党の憲法改正草案では、「前文」も削除されて内容の違う別の文章に書き換えられています。この自民党の改憲草案の内容は、今も撤回されてはいないようなのですが、私には怖く思えるものでした。崇高な理想を達成すべき目的として掲げる日本国憲法の前文は、個人である全ての人々にとって、やはりとても大切なものなのだと思います。

恵庭事件の原告だった野崎さんは、「話せば分かるとその時は思っていた。ところが彼らの考え方は違っていた」と話していました。もしかしたら、それは今でも、穏やかに暮らしたいと願っている人と、軍備拡大や武力増強を目指す人との間で続いていることなのかもしれません。私は約56年前の恵庭事件のことも長沼ナイキ事件のことも知らなかったのですが、今回の特集を見て、少しでも知ることができて良かったです。良い特集でした。
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