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「憲法と日本人 ~1949-64 知られざる攻防~」

日本国憲法の施行から71年目となる先日の5月3日の「憲法記念日」の夜8時から放送されていた「NHKスペシャル」の「憲法と日本人 ~1949-64 知られざる攻防~」を見ました。約50分のドキュメンタリー番組でした。

番組によると、過去に一度だけ、現在と同じように憲法改正を巡る国民的論議が交わされた時代があり、それは「GHQが憲法制定についての公式報告書を刊行した1949年から政府の憲法調査会が憲法改正を棚上げする報告書を提出した1964年までの15年間」なのだそうです。1949年には中華人民共和国が建国され、翌年には朝鮮戦争が起きていました。1964年は、東京オリンピックが開催された年でもあります。

今回の番組のため、ということではないかもしれないのですが、NHKは、憲法改正論議についての新しく見つかったさまざまな大量の一次資料を見つけ、その資料と当事者たちの証言から、「この15年間の憲法論議に“現在の論点”が凝縮されている」(現在と同じく、現行の日本国憲法が「GHQによる押しつけ」か否か、「第9条」や「自衛隊」をどう扱うか)ということが分かったということでした。

社会部の吉田好克さん(吉の文字は上が土のほうの文字です)という方が冒頭で話していたので、この番組はNHKの社会部が制作したということなのかなと思ったのですが、冷静に今の憲法改正の動きと向き合おうとする番組になっていたように思います。EテレのETV特集「平和に生きる権利を求めて~恵庭・長沼事件と憲法~」も良い特集でしたが、こちらも良い特集でした。

山梨県の甲州市の蔵で見つかったというのは、広瀬久忠さんという自由民主党の議員で元厚生労働大臣の方の残した資料でした。私は広瀬忠久元大臣のことを知らなかったのですが、日本国憲法の改憲を主張し、「自主憲法期成議員同盟」の初代会長に就任して、天皇の「首位」化や自衛軍の創設や基本的人権の制限規定などを特徴とする「広瀬試案」という改憲案を発表した方で、戦前には、阪急電鉄や宝塚歌劇団を作った阪急東宝グループの創業者で商工大臣だった小林一三さんと対立していた商工次官の岸信介元総理大臣(安倍晋三首相の祖父)のいた、国家総動員法を推進する企画院(作家の小林多喜二が虐殺されたことでも有名な特高警察の安倍源基という人が最後の総裁だそうです)の参与でもあった方だそうです。

1949年(昭和24年)から1964年(昭和39年)の内閣とは、第3次吉田茂内閣から第3次池田勇人内閣のことのようでした。その後の佐藤栄作元総理大臣や田中角栄元総理大臣は、日本国憲法を守る方向で頑張っていたようなのですが、その前の、戦後のその15年間の当時、政府直属の機関であり法の番人として中立であるはずの内閣法制局の職員たちは、「自主憲法期成議員同盟」(1955年に結成されたそうです)の改憲派議員たちに協力していたそうです。内閣法制局の改憲派の今枝常男さんという人の残した文書が発見されたそうです。名簿の名前を見た部下の浅野さんは、そうそうたる人たちだと話していました。

後(1991年)に総理大臣となる、アメリカ政府のウォルター・ロバートソンという人と会った大蔵省の官僚時代の宮澤喜一さんの手記には、敗戦直後の日本に軍をなくしたアメリカが、東西冷戦時代になって共産主義国の台頭を恐れ、防衛力のためとして、アメリカと共に戦わせるために日本に再軍備をさせようとし、そのために障壁となる憲法9条を改正ようと日本政府に圧力をかけてきたことについて、アメリカは日本を防衛ビジネスに引き込もうとしている、ということが書かれているのだそうです。アメリカと日本の関係はアメリカに支配されるようになった日本の敗戦直後から変わっていないというか、アメリカから大量の武器を買っている(言い値で買わされている)安倍政権下の今の状況と同じであるように思えて、驚きました。

番組では、戦前には零戦(零式艦上戦闘機)を作った三菱重工業の社長であり、戦後には「A級戦犯」として逮捕されて巣鴨プリズンに収監され、公職追放されたという郷古潔という人のことも伝えていました。郷古さんは、戦前には大政翼賛会の生産拡充委員長を務め、敗戦の直前には軍需省の顧問でもあったそうです(太平洋戦争時に東條内閣顧問になったことによって、政治は関わらないとしていた三菱の総帥の岩崎小彌太に社長の座を解任されて閑職の会長に左遷されたそうです)。約73年前の戦時中の軍需産業に深く関わっていた方が、今の経団連(一般社団法人日本経済団体連合会)の基礎を作ったということのようでした。

アメリカは、日本に再軍備をさせるため、日本兵を作るため、防衛生産委員会を経団連の中に作ったそうです。郷古潔さん他、自衛軍を作りたいと考えていた経団連の人たちと、憲法第9条改正を迫るアメリカとは、利害関係が一致していたようでした。そして、憲法を改正したい自由民主党の岸信介議員や鳩山一郎議員や経団連の人たちは、戦後の日本国憲法がGHQに一方的に押し付けられたものではないということを実際には知りながら、日本国憲法の改正の賛同者を増やすために、日本国憲法は制定過程でGHQのマッカーサー元帥に一方的に押し付けられた憲法だからそれをやめて独立国として自主憲法を制定するべきだという風な自説を流した、ということのようでした。

浅野さんが番組の記者の方に紹介した、参議院法制局の職員の一人だった、今は90歳の福田穣(ゆたか)さんは、舌癌の後遺症のために筆談で記者と話していました。学生の頃に施行された日本国憲法に感銘を受けて法制局の官僚になったという福田さんは、一政治家の改憲案に協力することに戸惑いがあったそうです。

福田さんは、白い紙にボールペンで文字を書いて筆談をしていました。「『広瀬憲法試案』というような表紙の文書を見せられて、『君の意見を聞かせてほしい』と頼まれたのだったと思います。私用と心得て役所で見ることはしない、とにかく目を通すのは自宅でした。現憲法のうまくできていないところを整備補修はしたほうがいいと考えている方は多かったのではないか。有力な意見を知って参考にし、公正な結論に至りたいといったお考えであった。」。福田さんは、(法制官僚たちは)やっぱり広瀬先生のいわば悲願を達成するためには、と話していました。

外務省、大蔵省、防衛庁、内閣法制局の協力の下、広瀬久忠議員の憲法改正試案が作られたそうです。軍を持たずして平和は成立しない、それは空論だという風な広瀬さんの意見は、今の改憲派にも共通しているような気がします。軍を作ったり国が個人の自由を制限したりする広瀬改憲試案に、国民は戦前回帰だと大反対し、戦争の絶大なる犠牲によって得た平和憲法を守るべきとする護憲派の政治運動も広まったそうです。

1956年、鳩山政権は、公職選挙法改正案で小選挙区法案を出したそうです。しかし、憲法改正のための党利党略との批判を浴び、自民党内からも批判が相次ぎ、廃案となったそうです。そして、国政選挙で自民党は過半数も獲得できなかったということでした。その時の日本国民は、自由を制限する自民党の改憲案よりも、日本国憲法を選択したのです。

憲法調査会の会長の高柳賢三さんは、1959年、押し付け憲法説を調査するためにアメリカへ渡り、GHQの関係者に聞き取りを行って制定過程を検証し、800ページに及ぶ文書を作成したそうです。アメリカの資料の中には、日本国民の意思で憲法を起草するのが望ましいとあったそうです。日本の憲法学者の意見も相当に重要視された、天皇制の維持と引き換えに押し付けられたというのは全然誤解であり、憲法は単純な押し付けとは言えないと結論付けたそうです。高柳さんは、(憲法制定は)日本人によって自発的に行われるべきものであるという態度を(アメリカは)とっております、日本に押し付ける草案を作っていたのではないかという一部の日本人の憶測には何らの根拠もありません、と会見で?述べていました。

アメリカでの調査や世論の変化によって、意見を変えるようになった改憲派もいたそうです。宇治俊彦さんという東京新聞や中日新聞の記者の方は、憲法調査会の副会長で憲法学者の矢部貞治さんは、改憲派の中曾根康弘元総理大臣も師と仰ぐ人だそうですが、施行から10年以上経った日本国憲法が日本人に根付いていると考えるようになり、「改憲は国民の盛り上がる指示なしにはやれないし、やるべきではない。改正を強引に強行することによって国内を分裂状態に導いた例はある。改憲勢力が3分の2を占めたというだけで改憲などできるものではない」としたそうです。国を二分することは国民の幸せにはつながらないと、矢部さんは思っていたのではないかということでした。憲法調査会は、改憲すべきという結論は出さなかったそうです。

アメリカも、自衛隊が発足すると、改憲への圧力を弱めていき、憲法調査会の議論終了の3か月後、東京オリンピックが開かれたそうです。それから、歴代の内閣総理大臣は、改憲を掲げなくなったということでした。次に改憲を目標に掲げ出した内閣は、現在の安倍内閣ということになります。

憲法調査会の議論終了の頃の広瀬久忠議員のノートには、「現行憲法を改正するか否か、いかに改正するかは、すべて主権者たる国民の判断にかかっている、5年かかっても、10年かかっても良いではないか、国民の大部分の納得を取り付けるまで、飽くまで努力を重ねるべきである」と書かれているそうです。改憲派の議員でも、と言ってはいけないのかもしれませんが、昔の人は誠実だったのかもしれないなと思いました。今の改憲派の議員さんたちとは、違うような気がしました。

広瀬改憲案に関わった元法制局の福田穣さんは、今の憲法改正の動きを見守っているそうです。「憲法改正は、国民の権利自由に関わる大問題です。私が若かった頃と今とでは世の中は大きく変わっているのではないかと感じています。人はみな本来自由なのです。それぞれの権利自由を実現するように計らうのが国家目的でなければならないと考えます」という、最後に紹介されていた福田さんの筆談の言葉も、とても良かったです。貴重な言葉であるように思えました。桜の花びらの静かに散ってゆく日本の春の風景も印象的でした。

日本軍とした自衛隊をアメリカ軍と一体化させて海外で武力攻撃を行うことができるようにするために憲法を変えようとしている改憲派や自主憲法制定派とはどのような人たちなのか、戦後の大多数の国民に歓迎されたという平和主義の新しい憲法(現行の日本国憲法)を改正したいということを、主権者である国民側からではなく政治家側から発信するのはなぜなのか、ということを、一次資料をもとに伝える、意欲的な特集だったように思います。

改憲派の安倍首相は「自衛隊は“違憲”」という言葉を繰り返し公の場で述べて憲法9条の中に自衛隊を明記するという案を認めるよう訴えているようですが、安全保障関連法で日米安全保障条約を強化して武器の製造や輸出や集団的自衛権の行使を可能にし、自衛隊を派遣先の海外でも武力を使う違憲的な存在にしようとしているのは、憲法学者たちではなく、政治家たちのように思えます。安全保障関連法案が国会で話し合われていた時、憲法学者たちの多くが違憲だと判断していたのは、自衛隊ではなく、集団的自衛権のほうでした。

それに、憲法第9条に第3項として自衛隊を明記することが、どうして自衛隊の誇りにつながるのか分かりません。安倍首相の発言によると、自衛隊員の方たちの多くは自分たちの所属する自衛隊を誇りに思っていないということになりますが、それは本当なのでしょうか。自衛隊がどのような隊なのかということを曖昧にしたまま、今の憲法に自衛隊を明記するという案では、自衛隊をより矛盾した存在にしてしまうのではないかと思います。憲法にとりあえず自衛隊と書けば自衛隊は憲法学者から違憲とは言われなくなるだろうという発想は浅いと思いますし、今の政府は、自衛隊員の方たちの命のことを本当には大切に思っていないように見えます。自民党または祖父の岸元総理大臣の“悲願”を達成するために?憲法改正のための改正をしたいだけ、まだ一度も改正されたことない憲法に傷をつけたいだけのようにも見えます。

以前にNHKの特集で伝えられていたことによると、敗戦直後にGHQのアメリカの人たちが日本の新しい憲法の草案を考えていた頃から、独立した国の最低限の軍事的な権利として個別的自衛権(他国から攻撃を受けた場合に自国を守るために戦う権利)を認められていたということなので、第9条が日本のほうから戦争を仕掛けてはいけないということではあったとしても、専守防衛のための軍備さえ認めないということではないのかもしれないですし、一切の武力を持ってはいけないということではないのかもしれないと思います。昔の裁判で自衛隊は違憲だということになった時も、当時の自衛隊の軍備増強が問題になったということなのではないでしょうか。

自衛隊に新しく入る方たちは、救助隊のような部隊ではなく、軍隊に入隊するという気持ちで入っているのでしょうか。そのご家族の方も、自衛隊は日本の軍隊だと(あるいは軍隊であるべきだと)考えて子供を送り出しているのでしょうか。護衛艦「いずも」をアメリカ軍が?空母として使うことができるようにするという計画も、高額な維持費のかかるイージスアショアをアメリカから購入して国内に配備するという計画も、沖縄の辺野古に新しいアメリカ軍基地を作るという計画も、日本政府が自衛隊の軍備を拡張するという計画の中にアメリカ政府が関わっていないものはないのだろうと思います。日本国憲法を変えるより安全保障条約や(不平等条約とも言われている)日米地位協定を変えるようにしたほうがいいという意見のほうが、正しいように思えます。

日本国憲法を改正したほうがいいか改正しないほうがいいか、改憲か護憲か、という分け方は無意味であるような気がします。憲法論議に興味のない国民もいるかもしれませんし、どの条文のどの辺りをどのように変えるか変えないか、というような話し合いをしたほうがいいと思います。改憲派の人といっても、その中には前文や第9条は変えなくていいと考える方もいるかもしれませんし、天皇陛下に関する条文を変えたほうがいいと考える方もいるのかもしれませんし、どの条文をどのように変えたいかということについては、人によって(それこそ個人によって)、いろいろな考えがあるのだろうと思います。

日本国憲法の前文を削除したり、個人を削除したり、国民の権利自由を制限して義務を強化して国民を監視し、国家や為政者の権力を強化するような2012年の自民党の改憲草案を、私は怖く思えているのですが、私には、その改憲草案の内容を現在も否定しない(あるいは積極的に肯定している)今の、憲法や国会を軽視しているように見える自民党議員の考える改憲案が、日本人の未来のために良いものになるとは思えないという漠然とした不安感があるのだろうと思います。(先日には、今上天皇陛下の退位(譲位)と新天皇の即位にあわせて政府が「恩赦」の実施を検討しているらしいということが報道されていましたが、天皇家に重大な出来事がある際に犯罪者の刑を軽くするという「恩赦」は、もうやめたほうがいいと思います。)

憲法第99条には「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う。」と書かれています。番組で紹介されていた、昔の改憲派の矢部貞治さんや広瀬久忠さんの言葉にあったように、国民主権なのだから国民の大多数が改憲に納得するまでは政治家は努力を重ねるべきだという考えは、誠実であるように思いました。

日本国憲法の内容を他の普通の法律で補っているというところは、これからもそれで良いように思えます。政府が国会などで憲法改正の話をするようになったことで、憲法のことを私も以前よりは考えるようになりましたが、よく分からなく思えてしまう部分も多いです。憲法記念日の前日の朝のNHKの「あさイチ」の「知ってビックリ!日本の憲法を世界と比べてみたら」という特集も意外と面白かったのですが、施行されてから71年間変わっていない憲法は世界で唯一だという日本の憲法は、他国の憲法のように、あるいは普通の法律のように、条文の内容を細かく規定するような、分厚いものにはしないほうがいいということを改めて思いました。

今回の番組の中で伝えられていた1949年から1964年の15年間の当時と現在とが、憲法改正論議の起きた時代として決定的に違うのは、第二次世界大戦や太平洋戦争(大東亜戦争)の時代が遠い時代となり、その戦争時代を生き抜いた国民が少なくなってきているということなのではないかと思います。日本国憲法は当然のことながら他国と戦争をしないためだけの憲法ではありませんが、先の戦争を体験したことがある、あるいはその戦争のことを多少なりとも知っているという国民が多いか少ないかということは、平和憲法としての日本国憲法を維持するためには、個人が個人として尊重される穏やかな世の中を作っていくためには、やはり重要なことであるような気がします。
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