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「清と濁 イタイイタイ病と記者たちの50年」

日本テレビの深夜に放送された「NNNドキュメント'18」の「清と濁 イタイイタイ病と記者たちの50年」を見ました。

イタイイタイ病は日本初の公害病で、水俣病や新潟水俣病や四日市ぜんそくと共に、四大公害病のの一つとされています。骨を脆くしたり腎臓の機能を悪化させたりする病の原因は、カドミウムという金属です。岐阜県の三井金属鉱業神岡事業所(神岡鉱山)がカドミウムを含む未処理の廃水を垂れ流して神通川を汚染したことにより、神通川の水を生活用水に使っていた下流域にある富山県婦負郡婦中町(現・富山市)やその対岸に住む人々が多くの被害を受けたそうです。

岐阜県の神岡鉱山は、江戸時代になる少し前の時代から開発が行われていたそうです。江戸時代にも銅や銀や鉛などを生産していたため、慢性中毒の被害が出ていた可能性があるそうなのですが、明治時代に明治政府に代わって三井財閥が鉱山開発を担うようになると、日露戦争を機に金属の生産量を増やし、その後の戦争や、戦後の高度経済成長期の増産により、大量の汚染物質が近くの村や川に放出され、農作物や人体に被害を与えたということでした。川の水は、白く濁っていたそうです。

東京タワーが完成する3年前の1955年(昭和30年)、「痛い、痛い」と訴える患者を診ていた地元の熊野村の開業医の萩野昇さんの書いた「イタイイタイ病」についての記事が富山新聞に掲載されたことにより、この病気のことが世間に知られるようになったそうです。

萩野医師たちがイタイイタイ病の原因をカドミウムであると発表すると、厚生労働省も原因究明に乗り出し、そして、1968年、厚生省(現・厚生労働省)は、イタイイタイ病がカドミウムの慢性中毒による骨軟化症で、カドミウムは三井金属鉱業の神岡鉱業所が出した排水に含まれていたということをが認めたそうです。

私は番組を見て知ったのですが、今年はイタイイタイ病が公害と認定されてから50年の年でした。番組は、記者たちがこのイタイイタイ病をどのように伝えてきたのか、ということを伝える特集でした。

北日本新聞の元記者の83歳の石黒成治さんは、牛ヶ首用水という場所に来ていて、戦争中はこの川はカドミウムで白く濁っていたと話していました。石黒さんは、昭和33年に記者になったそうなのですが、栄養不足やクル病(ビタミンDの欠乏や代謝異常によって生じる骨の石灰化障害だそうです)と扱う政府や行政の発表をそのまま何の疑問もなく記事にして伝えてしまったことを後悔していて、ジャーナリストとして現場を見に行くべきだったと反省しているという趣旨のことを話していました。

イタイイタイ病の取材を長年続けているという北日本放送の元記者の向井嘉之さんは、『イタイイタイ病との闘い 原告 小松みよ』という本を著したそうです。小松みよさんは、イタイイタイ病の損害賠償請求訴訟の中心的存在だった方だそうです。

向井さんの取材の映像によると、被害者やその家族や遺族による訴訟が起きた当時の園田厚生大臣は、当時の佐藤栄作総理大臣から「公平にせよ」との指示を受け、患者や家族が三井金属鉱業を相手に訴訟を起こした2か月後に、三井金属鉱業によるカドミウム汚染を公害と認めたそうです。しかし、国が公害を認めたにも関わらず、なぜか富山県はカドミウム汚染ではないと否定し続け、カドミウム原因説を否定する大学教授や国会議員たちと共に「巻き返し」を図ったそうです。そのために裁判も長引き、その間に汚染の被害も拡大したということでした。

2013年(平成25年)の12月、神通川流域カドミウム被害団体連絡協議会は、原因企業の三井金属と全面解決の合意(和解)をしたそうです。イタイイタイ病の認定は、環境省の委託を受けて?富山県が行っているそうです。行政の認定基準は厳しいそうなのですが、和解後に認定される人もいて、今もイタイイタイ病の患者の数はこれからも増えていくと考えられているそうです。

番組に出演していた患者の方は、人工透析を受けていました。どの病気でもそうなのかもしれませんが、イタイイタイ病の患者の方の激しい痛みは、その病気を患っていない人には分からないほど辛いものなのだろうということを改めて思いました。

50年闘ってきた記者たちの怒りややるせなさが、よく伝わってくる内容になっていたように思います。

イタイイタイ病の原因はカドミウム汚染だと国が認めたものをなぜか富山県が否定し、富山県と同じように否定したい国会議員が否定派の大学教授やルポライターを使って否定派を増やそうとしていたという「巻き返し」の話に、驚きました。公害はいつも加害企業と公権力が結託して一般市民である被害者を長く苦しめるものだなと、憂鬱な気持ちになりました。

公害の被害者や家族や遺族の方たちが諦めずに立ち上がったからこそ、その被害は公害として国に認定されるようになりました。でも、どうして被害者たちがそれほど頑張らなくてはいけないのだろうということも、少し思います。加害者となった原因企業や行政は一体どうして、すぐに認めて謝って保障を考えるということをしないのでしょうか(企業や行政への印象も悪くなる一方なのではないかと思います)。

番組によると、今も神岡鉱山近くのダムには白いカドミウムが溜まっているそうです。上空からの映像もありました。私はそのことを知らなかったので、どうしてそのままになっているのだろうと驚きました。水俣湾の公園の地下にもメチル水銀を含む汚染土が埋め立てられたままになっているのでいつ流出するか分からないということを、以前にドキュメンタリーで知った時にも驚いたのですが、そのカドミウムのダムも、いつ大雨の土砂災害などで決壊して流出するのか分からないそうです。

先日のTBSの深夜の「JNNドキュメンタリー ザ・フォーカス」の「ムシロ旗と星条旗 ~あなたのまちに基地があったら~」では、1952年(昭和27年)の石川県河北郡内灘村(現・内灘町)で起きた「内灘闘争」と呼ばれる米軍の試射場反対運動と、現在の沖縄の普天間と辺野古の米軍基地建設反対運動のことが伝えられていました。ムシロ旗というのは、筵(むしろ)で作られた旗のことで、そこには「金は一年、土地は万年」と書かれていました。今も使われているこの言葉は、石川県の内灘闘争から全国に広まったものなのだそうです。

私は内灘闘争のこともよく知らなかったのですが、内灘闘争とは、朝鮮戦争で使う日本製の砲弾をアメリカ軍が試すための場所(試射場)として石川県の内灘砂丘を永久接収しようと決めた政府に対し、地元の人々が諦めずに反対し続けていた運動のことです。結果的には、当時の吉田茂内閣に内灘砂丘を接収されて試射場を作られてしまったそうです。試射場で働き始めた大人たちに、反対運動を頑張っていた子供たちは理不尽さを感じていたようでもありました。

その後、アメリカの参戦していた朝鮮戦争が休戦になったため、米軍は内灘砂丘から撤退したそうです。朝鮮戦争が休戦になったから良かったですが、もしももっと長く続いていたなら、そこにも米軍基地ができていたのかもしれません。

昨日には、沖縄県の那覇近海に、訓練中だった米軍の嘉手納基地所属のF15戦闘機が墜落したという報道がありました(自衛隊に救助されたという操縦士の方は大怪我を負っているそうです)。繰り返される事故に悩む沖縄県の翁長知事は、戦闘機の墜落について日米両政府に抗議をしたそうです。

目先の利益のために大きなことを小さなことにしようとしたり、あったことをなかったことにしようとしたり、問題の原因を隠そうとしたりする社会の構図やシステムは、太平洋戦争が終わってからも、四大公害病の認定からも、東日本大震災後も、変わっていないのだなと思います。

NHKのEテレの「100分de名著」では、今は、第二次世界大戦の最中に書かれ戦後の1947年に出版された哲学者のアルベール・カミュの小説『ペスト』が特集されていて、学習院大学教授の中条省平さんが解説しています(今回もまた面白いです)。「不条理」の出来事として、作者のカミュも体験したナチス・ドイツ占領下のヨーロッパの戦争や、2011年の日本の東日本大震災のことも挙げられていました。

確かに、疫病も戦争も震災も、一般の人々が突然「巻き込まれる」形になるので、そのことに不条理を感じるという点では同じだとしても、人災と天災(自然災害)とは同じではありません。天災とは異なり、人災には、災いの責任を取るべき責任者がいるだろうと思います。

「東日本大震災」と言うと、2011年の3月11日に発生した巨大地震と巨大津波による被害と、その翌日の東京電力福島第一原子力発電所の爆発事故とメルトダウン事故による被曝の被害とが混ざってしまうように思うので、本当は「地震と津波」と「原発事故」を分けて言ったほうが良いのではないかなと思います。

先日の土曜日の東京FMの、サザンオールスターズデビュー40周年の特集が続いているラジオ番組「桑田佳祐のやさしい夜遊び」の録音したものを聴いていた時、原由子さんの歌う「私はピアノ」の途中で、JR東海道新幹線内は車内のトラブルのため停車している旨を伝える短い臨時の交通情報が流れていました。それを聴いて、後に報道される(今も報道されている)東海道新幹線内の無差別殺傷事件のことかと、はっとしました。その事件では、女性と男性が怪我をし、女性を助けようとした勇敢な男性が鉈を振りかざす犯人に殺害されたということでした。

その新幹線の無差別殺傷事件の起きた前日は、秋葉原無差別殺傷事件から10年という報道があった日でした。殺人犯の起こした酷い殺傷行為に対して共感などすることはできませんが、事件に関するメディアの報道の中で、殺人犯となった人の育ったある種の不幸な家庭環境の話を聴いていると、何となく複雑な気持ちになるというか、少しかわいそうに思えてしまうこともあります。突然殺された被害者とその遺族が一番辛いと思うので、犯人をただ犯人として考えるためには、犯人の生い立ちや家庭環境などは伝えないほうがいいのかもしれないとも思うのですが、その一方で、いつかまた似たようなことが起きるかもしれない未来の事件について考えるためには、逮捕された犯人の動機を探ることは重要なことなのだろうとも思います。

「NNNドキュメント'18」の「清と濁 イタイイタイ病と記者たちの50年」の話から外れてしまいましたが、原発事故を含む様々な公害も、為政者が起こす戦争も、日々起きているように思える個人間の殺人事件も、政府や司法機関や企業や病院や学校などの不正も、その原因を追究し、真相を解明しようとすることは、未来の世の中を少しでも良くしていくためには、大切なことなのだと思います。

昨夜のフジテレビの「月9」のドラマ「コンフィデンスマンJP」の最終回「コンフィデンスマン編」(第1話に戻る“エピソード0”のような物語になっていました)の冒頭では、長澤まさみさんの演じるダー子さんが、「真実を探してるものを信じよ。真実を見つけたものを疑え。」というフランスの作家のアンドレ・ジッド(ジイド)の言葉を紹介していたのですが、良い言葉だなと改めて思いました。
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