戦後73年の沖縄の慰霊の日

今日は、沖縄の「慰霊の日」です。沖縄の住民の4人に1人が死亡したという沖縄戦の組織的な戦闘が集結したとされる日から73年の日です。

激戦地となった南部の糸満市摩文仁の平和祈念公園では、戦没者を思い、恒久平和を祈る沖縄全戦没者追悼式が開かれ、NHKでは午後12時15分から中継放送されていました。沖縄のテレビではもっと長い時間放送されているのだろうと思うのですが、本州では30分ほどで終わりです。

私もその約30分の中継を見ることができたのですが、追悼式では、膵臓癌の切除手術を受け治療を続けているという翁長雄志知事が平和宣言をし、苛烈な戦いを極めた沖縄に今も米軍基地が集中している理不尽さを訴え、改めて宜野湾市の普天間基地などの在日米軍基地の負担の軽減と、名護市辺野古の新基地建設の見直しを政府に求めていました。中学3年生の相良倫子さんの平和の詩「生きる」の朗読も、とてもすばらしかったです。毎年すごいなと思うのですが、今回の相良さんの詩の力強さに圧倒されました。その直後の安倍首相の朗読の言葉が空疎に聞こえました。

普天間米軍基地の負担軽減策は、どうして「移設」でなくてはいけないのでしょうか。日本政府が米軍基地を減らそうという方向に動かないのはなぜなのでしょうか。(昨日の報道によると、アメリカと韓国は軍事演習の中止を発表したそうです。安倍首相はアメリカ政府から1基1000億円という地上配備型ミサイル迎撃システムの「イージス・アショア」を2基買う予定を白紙に戻さず、秋田県と山口県の自衛隊施設に配備する計画を立てているそうですが、その買い物は国民が国に納めている税金の使い道として正しくないというか、民意ではないような気がします。2000億円やその高額な維持費は、福祉や老朽化していく街の整備のためのお金として使ってほしいように思えます)。

昨日には、名護市の数久田区の農家の畑の小屋の窓ガラスが隣接する米軍のキャンプ・シュワブからの流れ弾と思われる銃弾で割れていたため米軍に問い合わせている、という趣旨のことを報じる記事が新聞に小さく載っているのを読んだのですが、報道番組ではほとんど報じられていなかったような気がします(でも、もしかしたら私が見逃してしまっただけかもしれません)。

先日の20日の早朝に放送され、何気なく録画をしておいた「視点・論点」の「『慰霊の日』を前に 沖縄の今と平和教育」(とても良かったです)では、沖縄大学の客員教授の新城俊昭さんが、83人の住民の集団自決に追い込まれた読谷村のチビチリガマという壕の遺品や慰霊の折り鶴が地元の少年たちによって荒らされるという昨年の衝撃的な事件について話していました。

私は昨年の9月のこのチビチリガマの事件にとても驚いたのですが、それは、沖縄県北部の東村高江の米海軍のヘリパッド建設や辺野古の海の米軍基地建設に反対する人への反対活動が起きているという報道に接していたことや、2か月前の7月が神奈川県の障害者福祉施設「津久井やまゆり園」で差別的思想やナチス・ドイツの優生思想を持った元職員という人物による戦後最大の大量殺傷事件が起きてからまだ1年だったということもあったように思います。

沖縄では、子供たちに沖縄戦の出来事を後世に伝える平和教育を本州よりも徹底して行っているようなのですが、それでもそのチビチリガマの事件のような出来事は起きてしまいました。ただ、本州の学校の日本史の授業で第二次世界大戦や太平洋戦争のことを教えていても、8月15日の「終戦の日」の前後に戦争の特集を放送するなどしていても、当時の日本が当時のアメリカやイギリスと戦っていたということを知らない生徒はいるようです(以前何かの番組の街角インタビューで見て驚きました)。

戦争時代を知っている祖父母のいる環境で暮らしている子供とそうではない環境で暮らしている子供とでは、73年以上前の戦争に対する思いも違うのかもしれませんし、分かりませんが、ただ、「肝試し」でチビチリガマを荒らした少年たちがチビチリガマで何が起きていたのかという戦時中の歴史を知らなかったということと、安置されている遺品や慰霊の品を意図的に破壊したということは、別のことのようにも思えます。破壊行為を行った少年たちは、その後、ガマの歴史を学んで反省し、彫刻家の金城実さんと遺族の方たちと一緒に野仏を制作し、チビチリガマに安置したそうです。良かったです。

私も73年以上前の戦争時代を直接には知らないのですが、祖父母は戦時中を生きていた人でした。戦争の話は少ししか聴いたことがないのですが、それでも、何か違うのかもしれないと思います。過去の戦争時代を生きたことがない私は、意識的に戦争時代のことを知るようにしないと知ることができないので、本やドキュメンタリー番組や報道などで先の世界大戦のことが扱われているのを見ると(全部の番組を見ることはできないのですが)、こうして戦争について少しでも知ったり考えたりすることができることを有り難く思います。

報道などではよく「沖縄の(米軍)基地問題」という言葉を聞きますが、本来は「日本の(米軍)基地問題」として、今と未来の日本全体の問題としてみんなで話し合わないといけないことなのだろうと思います。

先日のNHKのEテレの「知恵泉」の「太宰治 その絶望を超えてゆけ」は、6月19日に没後70年の桜桃忌を迎えた小説家の太宰治の特集でしたが、その中で、太宰治の遠縁(叔母の娘の息子さんだそうです)の津島廉造さんが話していたことも印象的でした。太宰治は、廉造さんに、「廉造くん、教養人ってどういう人か分るか?」と訊き、「学問のある人をみんな教養人というんじゃないんだよ。人のつらさに敏感である、そういう人を教養人というんだよ。」と話したそうです。

解説をしていた東京大学の安藤教授は、「優」の字が好きだったという太宰治にとっては、人のつらさや悲しさに敏感なことが優しさの条件であり、人に優れている条件であるということを話していました。太宰治は、「文化」という言葉には「はにかみ」というルビを振るべきだとも書いているそうです。人前で何かを言うというのはとても恥ずかしいことで、どんなに正しいと思っても堂々と言って何も疑問に思わない人は信用できない、「てらい」とか「恥ずかしさ」を常に感じられる人を自分は信じると、太宰治は考えていたそうです。それが文化人の証だそうです。背景には戦争の問題があり、敗戦になると「自分は反対していた」と急に威張り出す人がいるが、みんな実は戦争に関わっていたのだから罪の意識をみんなで持とうと、太宰治は考えていたということでした。

本当の教養人とは人のつらさや悲しさに敏感な人である、というのは、正しいことのように思えました。あまり太宰治を知らないというゲストの小説家の西村賢太さんの「精神の露出狂」という言葉も面白く思えたのですが、その西村さんが、太宰治は本当の弱者の味方だと話していて、そうかもしれないなと思いました。今の為政者の中には教養人が少ないのだなという風にも思えたのですが、これからの世の中に、太宰治の言うような教養人が増えるといいなと思います。繊細な人は生き辛いかもしれませんが、それでも、優しいほうがいいです。
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