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「青と僕」第1話

フジテレビの深夜の「ブレイクマンデー24」枠の新ドラマ「青と僕」の第1話を見ました。

2013年10月から、2018年9月の「現在」になっていました。東京都内に住む27歳の会社員のぼく(井之脇海さん)は、「普通の大人」になった自分の日々の生活にうんざりとしていたある日、駅で痴漢を捕まえ、そのことをSNSに書き込みました。

数日後、ぼくが自分宛に届いた封筒を部屋で開けると、そこには昔あいつ(寛一郎さん)がキャンバスに描いた肖像画らしき絵のコピーが入っていたのですが、その顔は塗り潰されていました。不気味に感じたぼくは、その絵を捨てました。

翌日、プログラマーのぼくが休憩時間にふと自分のSNSを見ると、たくさんの返信に「人殺し」と書かれていました。扇動する人物のアイコンは、あの潰れた顔の絵でした。不安に思いながら帰宅したぼくは、「生きてる?」とメッセージを送ってきた同級生の依田紫織(池田エライザさん)に喫茶店に呼び出され、久しぶりの再会を果たしました。紫織さんは、ぼくを脅迫するSNS上の人物が、5年前の10月23日に「見せたいものがある。今からうちに来て」とぼくを団地の自分の部屋に呼び出した後自殺したあいつだと考えていました。ぼくはあいつの死を忘れようとしていました。

2006年の4月、東京都立星ヶ丘高等学校に入学したぼくは、教室で自分の前の席に座っていた、制服の絵の具がついているあいつと仲良くなりました。帰り道、10年後スーツを着るおじさんにだけはなりたくないと言うぼくに、あいつは、10年後のことなんて考えられない、俺は今日を好きな色で埋めるだけで精一杯だと返し、前を歩いていた紫織さんに向かって、依田さん、好きだー!と告白していました。

あいつは、好きなものや人に対して真っ直ぐな、絵の上手い人で、今日死んだら明日から依田さんに好きって言えないと、今日を大事に生きている人でした。

紫織さんが文化祭の実行委員会になったことから、あいつはぼくを誘って、文化祭実行委員になりました。文化祭の看板作りを任されたあいつは、何も書いていない看板の前で、自分が描くには小さすぎると困惑し、期限までに完成しない看板を見て紫織さんは混乱していたのですが、周りの人たちがあいつの合図で看板に一斉にバケツの水をかけると、「星陵祭」の文字が浮かび上がりました。看板は、出来上がっていたのです。紫織さんは、ほっとして号泣しました。授業中に描いた似顔絵を紫織さんに渡したあいつは、紫織さんと付き合うことになったようでした。

2013年11月、亡くなったあいつの仏壇に手を合わせに来ていたぼくは、団地の下で紫織さんとすれ違ったのですが、お互いに無言のまま、立ち止まることなく歩き続けました。

その時のことを考えながら赤信号の横断歩道の前に立っていたぼくは、突然何者かに突き飛ばされました。スマートフォンを取り出し、SNSの潰れた顔のアイコンの人物に、お前じゃないよな、と送ると、忘れるなんて許さない、と返ってきました。

脚本は下田悠子さん、脚本監修は劇団ままごとの柴幸男さん、音楽は牛尾憲輔さん、演出は山田智和さん、という作品でした。約30分のドラマです。

主人公の男性会社員が、高校時代の同級生で、同じ同級生の親友の交際相手でもあった女性と再会し、高校時代の出来事を思い出しながら、5年前に突然自ら命を絶った親友の謎の死の真相を探っていく、という物語のようでした。

ドラマ「ぼくは麻理のなか」の制作チームが贈る青春ミステリー、とあったので、内容をよく知らないまま、何となく私もこのドラマ「僕と青を」見るのを少し楽しみにしていました。

今回のドラマは、原作のない、オリジナルドラマなのでしょうか。主人公の会社員(社会人)の「ぼく」が高校時代を回想するので、現在と過去とが行ったり来たりするのですが、物語が分かりにくいということはありませんでした。

登場人物の名前は、井之脇海さんの演じる「ぼく」や寛一郎さんの演じる「あいつ」にもちゃんとしたものがあるのかもしれませんが、今回の主な3人の中ではっきりしていたのは(私が今憶えているのは)、池田エライザさんの演じる依田紫織さんくらいです(紫織さんが「あいつ」のことを「ショウ」と呼んでいたような気もしますが、タイトルにある「青」のことでしょうか。あるいは私の聞き間違いかもしれません)。

絵を描くのが好きで日々を大切に生きていた親友が、一枚の肖像画を自室に遺し、なぜ突然自ら命を絶つという方法で亡くなったのか、理由はまだ分かりませんが、5年前ということは、親友は、高校卒業から約4年後の、22歳の頃に亡くなったということになります。

27歳の紫織さんがどのように生きる「社会人」になっているのか、第1話では描かれていませんでしたが、「スーツを着る会社員」あるいは「普通の大人」になったのは、主人公の「ぼく」だけなのでしょうか。

今を変えて未来を生きるために過去を辿るというところは、「ぼくは麻理のなか」のドラマに通じるところがあるのかもしれません。「普通の大人」にはなりたくないと思う一方で、周囲の「普通の大人」たちの望む通りの「普通の大人」になることや、「普通の大人」で居続けることは、意外と大変なことなのだと思います。

短期間の間にたくさんの自然災害を経験してい今の小学生や中学生や高校生たちの多くは、特定の集団から外れないように「空気を読む」ためのコミュニケーション能力にも長けていて、私が思うよりも、もっと現実的、合理的に、「普通の大人」になれるように、上手く生きることができているのかもしれないなと、何となく思います。

深夜のドラマなので、見る場合は、録画をして見ることになると思います。毎回の感想を書くことはできないかもしれないのですが、物語の続きを見てみようと思います。
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