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苦手な数学と、学ぶこと

NHKの「クローズアップ現代」の「大人がハマる“数学ブーム”の謎」という特集を見ました。

キャスターの国谷さんも数学が苦手だと話していたのですが、私も数学が苦手なほうで、世の中に数学ブームが起きているということもほとんど知らなかったのですが、今、数学関連の書籍がたくさん出版され、売れているのだそうです。

私は小学校の頃の算数は好きだったのですが、“数学”になってから苦手になってしまいました。アルファベットや数字や数学用の記号だけで構成されている「公式」や「方程式」を暗記することが苦手になってしまったのです。それなので、テストの時は、問題を解くことが最終目的なら問題用紙に公式を書いておいてくれればいいのになと思っていました。テストでどうしても公式を思い出すことができない時は、仕方がないので、時間はかかるのですが、紙の空いているところにたくさんの式や絵?を書いて問題を解きました。

番組によると、数学を学ぶことで論理的思考法が身に付くそうなのですが、私としては、論理的であるのはどの学問でも同じことで、数学だけに言えることではないのではないかとも思いました。

和算がブームになっているというのは、私も聞いたことがあります。私はまだ和算を試したことはないのですが、面白そうだなと思いました。発想が自由な感じがしました。

数学の問題でも、私は平面図形や空間図形の問題はまだ大丈夫なのですが、関数や確率などが苦手です。あまりにも私ができていないのを見かねた数学のできる同級生が、宿題の問題の答えを教えてくれたことを思い出します。

私は、数学と自然や宇宙とつながる幾何学の話や難問に挑んだ天才数学者の話を聞くのは好きなのですが、「博士の愛した数式」という映画には挫折してしまいました。“数学は美しい”というような考え方が、私にはあまりよく分かりませんでした。

スタジオに来ていた竹内さんという作家の方は、数学は言語で、その言語を知ると世界の見方が変わるというようなことを話していました。でも、それも、他の学問にも言えることではないでしょうか。どの学問にも言語が必要ですし、言語そのものが論理的なのだと思えるので、数学を学ぶことで論理的思考法が養えるというのは、何か少し違うような気がしてしまいました。物事をシンプルに考えることができるようになるということも、数学だけの特性とは思えませんでした。

でも、やはり数学が得意な人はすごいと思います。新しい式を発見した数学者も、誰かが過去に発見した式を使って問題を解く人もすごいなと思います。数学を学び直そうと努力している方たちも立派だなと思いました。

「100分 de 名著」という番組を私は見ているのですが、昨日は福沢諭吉(初編は小幡篤次郎と共著)の『学問のすゝめ』の最終回でした。この番組の中でも、自ら学ぶことの大切さが説かれていました。番組によると、たくさんの本を読み、内容を他の人たちにも伝え、身に付いた知識を実践して自分の生活や世の中に役立てることが大切なのだそうです。

あらゆる方面の知識を得るためには、おそらく乱読も必要なのではないかと思います。でも、私も本を読むのですが、乱読はなかなかできていません。自分の好きな本、あるいは好きそうな本ばかりを読んでしまいます。同じ好きな本を繰り返し読むこともよくあります。

そして、本を読んでも、私の場合は記憶に残るものと残らないものがあるのですが、記憶に残らない本を読んだ場合のそこに書かれていた知識は、どこへ行ってしまったのでしょうか。もし私の頭のどこかに残っているとするなら、それは今は思い出すことができなくても、いつか何かの役に立つのでしょうか。知識を得るために本を読むということは、もしかしたら意外と難しいことなのではないでしょうか。

個人の知識を“引き出し”と例えているのをよく聞きますが、私にはそのような引き出しはほとんどない、あるいは引き出しがあったとしても、『ドラえもん』ののび太くんの机のタイムマシンにつながる引き出しのように、何かを入れておくことができないようになっているのではないかと思えてしまいます。

私も今まで本当に何かを学んできたのか、今何かを学んでいるのか、何かを学び直したほうがいいのか、番組を見ながら少し気になりました。
プロフィール

Author:カンナ
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