ドラマ「リフレイン」

フジテレビの「第29回ヤングシナリオ大賞」のドラマ「リフレイン」を見ました。先日の月曜日の深夜に放送され、内容などを何も知らないまま、何となく気になって録画をしておいたものです。

ホームレスのような男性が赤い服を着た5歳くらいの小さな女の子に出会うという場面から始まっていました。

クリスマス・イブの12月24日の日曜日の朝、高校三年生の沢渡湊(葉山奨之さん)は、両親に見送られて、同じクラスの綾織紬(恒松祐里さん)との初デートに出かけたのですが、待ち合わせ場所に現れた紬さんと見ようと予定にしていたプラネタリウムはお休みになっていました。仕方なく別のデート先を探し始めた湊さんは、慣れないヒールの靴で足を痛めてしまった紬さんと少し休もうと、お昼時ということもあって、屋台のたい焼きを食べることにしたのですが、二人でベンチに座っていた時、暴走した一台のトラックが走り込んできました。すぐ後ろまで来ていたトラックに気づいた紬さんは、湊さんを突き飛ばしたのですが、自身はトラックにはねられてしまいました。湊さんは、地面の上で動かなくなっている紬さんの無惨な姿を目撃しました。しかし、次の瞬間、湊さんが地面の上で目を覚ますと、たい焼き屋さん(坪倉由幸さん)は何事もなかったかのように通常の営業をしていました。トラックもなく、事故に遭ったはずの紬さんの姿も消えていました。湊さんが家に戻ると、それは12月24日の日曜日の朝でした。テレビでは同じニュースが流れ、両親は同じ言動を繰り返していました。そうして湊さんは、紬さんを突然の事故で喪った12月24日の世界を繰り返しながら、紬さんだけがいない世界の綾織家の玄関前で出会った、紬の従姉だという女性・糸子(山口紗弥加さん)と共に、紬さんの行方を探し続けるのでした。

脚本は宮﨑翔さんで、音楽は若林タカツグさん、演出は水戸祐介さんでした。

ドラマを見始めた頃は、よくある話というか、どこかで見り聞いたりしたことのある話のようにも思えていたのですが、そうではありませんでした。

目の前で起きた突然の事故で交際相手の女性を亡くした男性が同じ日を繰り返す話ではあるのですが、ある夜、糸子さんと一緒にいても振り回されるだけで紬さんを見つけることができないという状況に苛立ちを感じ始めていた湊さんに、糸子さんが打ち明けたのは、湊さんが繰り返す12月24日の世界は、死んだことを受け入れることができずにいる糸子さんの世界だということでした。

くだらない世界に巻き込まれたと怒った湊さんは、糸子さんと別れて、誰もいない紬さんの自宅の部屋に入り、そこで赤い表紙の日記帳を見つけたのですが、そこに書かれていたのは、死んでいるという糸子さんが、実は紬さん自身で、紬さんも繰り返す12月24日の世界でいなくなった湊さんを探し続けていたということでした。

紬さんだった糸子さんと湊さんが会っていた世界は、死を受け入れることができない死者が作り出した、死ぬ直前の現実の世界によく似た幻の世界でした。何回も、何百回も、何千回も繰り返す12月24日の中で、時間は元の世界と同じように流れていたため、その世界を作り出した死者本人は日毎に年を取っていきました。

湊さんが紬さんの幻の世界に入り込んだのは、湊さんが紬さんを探していたように、紬さんも湊さんを探していたからだったのでしょうか。大人になっていく紬さんは、同じ12月24日の世界にいると思っていた湊さんとの間に時間の差ができ始め、それが少しずつ延びていることに気づきました。秀才だった紬さんは、その時間の差が「多次元超立方体の面の式」に当てはまると知ると、湊さんと会える日(湊さんが次の日だと思って待ち合わせ場所に現れる日)を貴重な一日だと強く思うようになっていました。そして、糸子さんとして高校生の湊さんと会っていた紬さんは、ある日、湊さんとの「デート」の中の自分の行為で妊娠をしたことを知りました。その子供が、冒頭で老人と会っていた、紬さんと初デートの待ち合わせ中の生前の湊さんに、サンタさんに頼まれた、と声をかけていた赤い服の女の子でした。

綾織紬さんの従姉の糸子さんの正体を知ってしまった湊さんは、紬さんの赤い日記帳を持って外に飛び出し、再び紬さんに会えなくなった12月24日の世界で、紬さんを探し続けていました。18254回目の12月24日の夜、年老いてホームレスのようになっていた湊さんは、赤い服を着た女の子に出会い、日記の1ページを紬さんに届けてもらいました。時空を越えて帰宅した女の子は、その古い紙を母親の紬さんに渡しました。紬さんの日記の裏には、湊さんの字でプラネタリウムに行く約束が書かれていました。紬さんは、そのことを憶えていたようでした。

湊さんが目を覚ますと、そこは最初の12月24日のたい焼き屋さんの前のベンチでした。隣には高校生の紬さんが座っていて、背後には暴走するトラックが迫っていました。湊さんは紬さんがそうしてくれたように、紬さんを突き飛ばしました。

地面に倒れていた湊さんは、病室で目を覚ましました。それは新しい景色でした。カレンダーを見ると、12月25日の月曜日に日付が変わっていました。怪我した足を引きずりながら、待ち合わせ場所へ向かった高校生の湊さんは、湊さんを待っていた高校生の紬さんと再会することができたのでした。

それは、時空を越えて現れた二人の娘からのクリスマスプレゼントだったのでしょうか。「胡蝶の夢」のような、いわゆる「夢落ち」ではないと思うのですが、不思議な終わり方でした。新しい12月25日の世界が、最初の(紬さんが湊さんを救った)12月24日の翌日なのか、それとも別の世界の12月25日なのかは、はっきりとは描かれていなかったのでよく分かりません。あるいは、紬さんがトラックから湊さんを助けたのも、もしかしたら、湊さんが紬さんを助けたのと同じ作用によるのかもしれません。

このドラマの死者の世界は、パラレルワールド(平行世界)とは少し違うようでしたが、それでも、時間や空間は実は無数に存在していて、普段自分では気づかないうちに、どこかで重なり合ったり離れたりしているのかもしれないなと思いました。

死んでいる人の世界が存在するのかどうか、私は知らないのですが、仮にそのような世界があるとして、生きている人と死んでいる人の世界は、遠いようで近いのかもしれないなとも思います。大切に思っている人同士がお互いにもう一度会いたいと強く願っていたならば、何年先のどこで会うのかは分からないけれど、いつかどこかで、会うことができるのかもしれません。

このドラマのタイトルが「リフレイン」だからだと思うのですが、松任谷由実さんの「リフレインが叫んでる」という歌の「人は忘れられぬ景色をいくどかさまよううちに後悔しなくなれるの」という歌詞が、ドラマを見終わった後の私の頭の中に流れてきました。

紬さんを探し続けていた湊さんは、紬さんの従姉だという30代の糸子さんの笑う時の癖が紬さんとよく似ているということを指摘していなかったように思うのですが、気付いていなかったのでしょうか。でも、あえて気付かないというところも、自然で良かったのかもしれません。

湊さんを演じていた葉山奨之さんや、紬さんを演じていた恒松祐里さん、糸子さんを演じていた山口紗弥加さんが良かったということもあると思うのですが、「ヤングシナリオ大賞」を受賞した脚本も良かったですし、演出も、音楽も良かったのだと思います。すてきな「SFラブストーリー」でした。

「明日の約束」最終回

フジテレビのドラマ「明日の約束」の最終話(第十話)を見ました。

吉岡圭吾(遠藤健慎さん)の母親の真紀子(仲間由紀恵さん)が息子の黒く塗りつぶされた部屋で息子と同じように死のうとした時、椿が丘高校のスクールカウンセラーの藍沢日向(井上真央さん)が訪ねて来ました。圭吾さんの妹の英美里(竹内愛紗さん)に渡された圭吾さんの音声データの入った記録媒体を真紀子さんに返すためでした。家に上がった日向さんは、真紀子さんにお線香をあげさせてくださいと頼み、仏壇の圭吾さんの写真の前に娘と夫に宛てた二通の手紙が置かれているのを見つけました。真紀子さんのほうを振り返った日向さんは、真紀子さんの姿がなく、水槽の中に黒色の記録媒体が沈められているのを見て真紀子さんを探し、2階の圭吾さんの部屋の机で圭吾さんの小さい頃のアルバムを見ている真紀子さんに声をかけました。

ドアノブに黒いロープがかかっていることに気付いた日向さんが死のうとしているのかと訊くと、真紀子さんは、死んだをあの子から直接訊きたいからだと答えました。圭吾さんの母親は、圭吾さんが本当に自分のせいで死んだのか、圭吾さんの気持ちを理解できないことに悩んでいました。真紀子さんは、短大を卒業後すぐにお見合い結婚をさせられ、圭吾さんが生まれたことで、自分はこの子を幸せにするために生きているのだと思うようになり、英美里さんが生まれた時には家庭は崩壊していたけれど、僕がお母さんを守ると小さい圭吾さんに言われて、圭吾さんを守ることが人生の全てになってしまったということでした。

日向さんは、吉岡さんが死んでも圭吾さんの気持ちは分からないと思いますと、自分もいつ怒り出すか分からない母親の尚子(手塚理美さん)に怯えながら、母親の強過ぎる愛情に苦しめられてきたということを話しました。高校生の時、母親にいなくなってほしいと思って神社の階段を上がる母親を突き落とそうとしたことも話し、階段を駆け上がった際に足がもつれて落ちそうになった自分を母親が庇って一緒に転落し、母親の左腕には障害が残ってしまった、これまで以上に母親に心が掴まれただけだったと言いました。日向さんは、自分は母親を消そうとしたけれど、圭吾さんは自分を消したのだということを考えていました。

どうしてそのような話をするのかと訊く真紀子さんに、日向さんは、吉岡さんに生きていてほしいからですと答え、死ぬ前日の圭吾さんから体育館で告白され、それを断ったことを打ち明けました。日向さんは、あなたのせいで死んだのかと言う真紀子さんに、吉岡さんがそれで生きられるならそう思ってもらってもいい、明日が来るの怖いと言っていた圭吾さんの苦しみを私は分かってあげられなかった、私と同じ気持ちだったかもしれないのにと言いました。真紀子さんは泣いていました。

学校では、校長の轟木博雄(羽場裕一さん)が、3年の学年主任の宮崎麻子(馬渕英里何さん)たちに、1年B組の担任の霧島直樹(及川光博さん)とスクールカウンセラーの藍沢先生が今学期いっぱいで退職をするということを伝え、それを知った2年A組の担任の北見雄二郎(白洲迅さん)や1年B組の臨時担任に任命された大宮奈緒(新川優愛さん)も驚いていました。屋上で霧島先生と話していた日向さんは、気に入らない生徒やその保護者に罰を与えるという自分の教育方針を貫くことができなくなったと言う霧島先生に、あれだけ生徒たちの情報を集めていたのなら生徒たちの悪い部分だけではなく、良い部分も分かっていたのではないかと話していました。

日向さんは、嬉しそうにカウンセラー室に来たバスケットボール部のマネージャーの増田希美香(山口まゆさん)から、母親一人の自宅に戻った英美里さんから届いたという、英美里さんが母親に料理を作ったというメッセージを見せてもらい、増田さんがいて良かったとほっとしていました。増田さんは、再会した母親(青山倫子さん)がごめんなさいと謝ってくれて、気持ちが少し軽くなったと日向さんに話しました。そして、長谷部君とのことはどうなったのと訊く日向さんに、廊下で待っていた松葉杖の長谷部大翔(金子大地さん)を見せた増田さんは、長谷部さんと二人で楽しそうに帰っていきました。

会って話しがしたいと元交際相手の本庄和彦(工藤阿須加さん)から連絡を受けた日向さんは、放課後、横浜のみなとみらいの大さん橋で本庄さんと会っていたのですが、本庄さんは仕事を辞めて、両親が兄に望んでいたように、医者になるために大学の医学部を受験することにしたようでした。日向さんは、カズが決めたことなら応援すると背中を押していました。カズといた時間が楽しかったのは本当だよと言う日向さんに、本庄さんは、楽しくいられるように努力していた、愛されるためには努力をしないといけないと思っていたと話していました。兄が荒れても両親は兄を愛し続け、兄は両親には謝らずに亡くなったけれど、自分は兄のできなかったことをしたいのだと話す本庄さんに、日向さんは、私も乗り越えないと、と言い、その時はまた会える?と訊く本庄さんに笑顔で頷いていました。

帰宅した日向さんは、今度の休みには温泉へ行こうかと切り出す母親の尚子さんに、私この家を出るから、と伝えました。突然何なのと不機嫌になる母親に、日向さんは、ずっと考えていたと言い、日向がまた変なことを言い出したと、鳥籠の中の小鳥のピッピに餌をあげながら呟く母親に、お母さんは私が決めたことをすぐに変なことだと言うと言い返しました。そして、ママのことが嫌いになったのかと怒る母親に、嫌いじゃないから辛いのだと言い、万年筆を折ったことも、いつか謝ってほしい、そうすれば少しは気持ちが楽になると思うと、涙を流しながら伝えていました。何を謝れって言うの、顔も見たくないと激怒し、ママのことが嫌いなら嫌いって言いなさいと言う母親に、日向さんは、嫌いにはなれない、自分を生んでくれた人を嫌いになることは自分を嫌いになることだからと伝えて、2階の自分の部屋へ向かうと、もっと早く言えば良かった、でも言えて良かったと気持ちを落ち着けていました。

逮捕された白井香澄(佐久間由衣さん)と面会した日向さんは、1年B組を代表して学級委員長の田所那美(井頭愛海さん)と上野由依(夏子さん)と沢井勝(渡邉剣さん)と渡辺純也(堀家一希さん)が吉岡家へお線香をあげに行ったと香澄さんに伝えました。沢井さんたちは、クラスの全員からの圭吾さんへの手紙を圭吾さんの母親に手渡し、真紀子さんは、その手紙の束を受け取っていました。香澄さんは、圭吾の死の理由も、誰が一番悪かったのかも分からないまま終わった感じがする、生きている人の気持ちも分からないのだから死んだ人の気持ちなど分かるはずがないと日向さんに話しながら、明日が来るのが怖いと圭吾が言っていたのは、今日と同じような明日が来るのが怖いという意味ではなく、自分がいない明日がどうなっているのかを考えるのが怖いという意味だったのではないかとも話し、それなら死ななければ良かったのにということだけどと言いました。次の行き先は決まったのかと日向さんに訊いた香澄さんは、まだ決まっていないと答える日向さんに、決まったらここを出た後遊びに行くから教えてと言いました。日向さんは、もちろんだと明るく答えていました。

2学期の終業式が行われる体育館の前には、轟校長先生に取材の許可をもらったという、週刊誌の記者の小嶋修平(青柳翔さん)が来ていました。校長先生から挨拶をするよう言われた霧島先生は、生徒たちの前に立つと、思い出深い学校でしたと、短い挨拶を終えました。次に呼ばれた日向さんは、4月に赴任して1年も経たずに辞めることを申し訳なく思うと挨拶を始めると、1年B組の吉岡圭吾君が亡くなるという悲しい出来事がありましたと切り出し、そのことで私には許せない人がいます、と言いました。霧島先生は表情を少しこわばらせていたのですが、日向さんは、それは吉岡圭吾君です、と続けました。日向さんは、亡くなった人を悪く言うのはいけないことだと思うけれど、私には吉岡君には生きていてほしかった、生きて悩みを相談ししてほしかったからですと言い、この中にも苦しい気持ちを抱えていて死にたいと思っている人がいるかもしれないけれど、死なないでください、死なないで逃げて生きることを考えてください、明日幸せが約束されていないとしても、生きることが大切なのだと信じてください、と生徒たちに訴えていました。とても良い演説でした。

終業式の後、霧島先生も、記者の小嶋さんも、良い演説だったと日向さんに伝えていました。小嶋さんは、死んだ奴が悪いのかと言う人もいるかもしれないけれど、と言いつつ、穏便な記事にしておくと話して、日向さんと別れていました。日向さんは、誰もいない1年B組の教室を見ていました。教室では、圭吾さんが、沢井さんや渡辺さんや田所さんや上野さんと笑い合っていました。それは幻なのですが、圭吾さんがもしも生きていたなら、そのような日が来ていたかもしれなかったということなのかもしれません。

自宅では、日向さんの母親の尚子さんが、がらんとした日向さんの部屋の隅の机の上に積まれていた、「明日の約束」のノートを見ていました。日向さんが12歳の時の、最後のノートを開いた尚子さんは、ママのことを一生愛し続けること、と記したページの隣にきれいな文字で書かれていた、17年ぶりの日向さんからの返事を読んでいました。そこには、これまで自分を守ってくれた母親への謝罪とお礼の言葉が書かれていて、最後に「明日の約束」として、私は私のために生きていきます、という決意の言葉が残されていました。

尚子さんは、いつものように小鳥のピッピに餌をあげながら、日向は飛んで行っちゃった、と呟いていました。冬空の下で鎌倉の海を見ていた真紀子さんは、娘の英美里さんから渡された飲み物を受け取ると、ありがとうと言って、英美里さんを見ていました。最後、ボストンバッグを持って江ノ電沿いを歩き、明るい海辺の歩道を歩いていた日向さんは、小さな娘を抱き上げて歩く母親とすれ違い、二人の幸せそうな姿に少し振り返りながら、前を向いて歩き出していました。

脚本は古家和尚さん、音楽は眞鍋昭大さん、演出は土方政人さんでした。

登場人物を演じていた俳優さんたちの誠実な演技と、丁寧な脚本と、抑制された演出の、見事な最終回でした。とても良かったです。

ある人の、あなたのために、という言動が、その相手にとっては苦しいものになるということは、確かにあるのだと思います。それが親や子供である場合、完全には嫌いになることができないというところも、苦しみになってしまうのだろうと思います。

学校でのいじめや自殺、親による精神的支配や心理的虐待、兄妹間格差や家庭内暴力、モンスターペアレントやそれに対抗する教師など、重いテーマが扱われているドラマでしたが、高校1年生の吉岡圭吾さんの突然の謎の死をきっかけに、圭吾さんに関わっていた人たちみんなが、自分自身のそれまでの行いや内面と向き合い、自分自身のための人生を生きようとし始める様子が、静かに、丁寧に描かれていたように思います。

近年の連続ドラマは時々小説化(ノベライズ)されていて、私は何となく、まだそのような小説を読んだことはありません。この「明日の約束」の場合も小説化されるようなのですが、ただ、このドラマほど小説化に相応しく思えるドラマ作品も珍しいような気がします。

正しい接し方や正しい成長の仕方、正しい愛し方や正しい愛され方は、私にも分かりません。子供も親も生徒も教師も一人の別々の人間で、お互いの気持ちをすぐに完全に理解することはできないということは分かっているのに、理解できるような気になって、相手に自分の考えを押し付けたり、相手を自分の理想の型に当てはめようとしたりしてはいけないのだと思います。

圭吾さんと英美里さんの父親で真紀子さんと離婚した元夫の正孝(近江谷太朗さん)がどのような思いでいたのかということは、描かれていなかったので分かりません。日向さんの母親の尚子さんの思いも、具体的には描かれていないので、はっきりとは分からないのですが、日向さんの母親は最後まで日向さんの母親で、娘に激怒しながらも、娘の決めた距離を置きたいという意志を淡々と受け止めているという風でもありました。

重厚に作られたドラマでしたが、人の死を扱うドラマだから重厚なのだ、ということではないと思います。ドラマや映画で人の死が扱われることは珍しいことではないからです。

日向さんの訴える言葉から、辛いことがあっても死なないで、自分のために生きてほしいという願いが、ドラマを見ている私にも、真っ直ぐに伝わってくる最終回でした。

いじめを受けている人が生きるために学校という場所から逃げて転校生か不登校になり、いじめを行っている人がそのまま学校を無事に卒業するというのも、不公平のように思えますが、そもそも、ここで死ななければ自由にはなれないというところまで精神的に追い詰められている時に、その人が、それでも生きよう、生きるためにここから逃げようと決意するというのは、簡単なことではないような気がします。逃げるといっても、どこへ、どのように逃げればいいのか、具体的、物理的な方法が分からないからです。ドラマの増田さんや田所さんがスクールカウンセラーの日向さんに相談できたように、相談することができるほどの信頼できる人が周囲にいればいいのですが、死にたい気持ちになるほど一人で悩んでいる人にとっては、それは稀なことなのではないかなと、何となく思ってしまいます。

それでも、今死にたいという思いを実行に移すのは一先ず延期にして、もう少し生きてみてほしいと思います。

このドラマは「文化庁芸術祭参加作品」でも良かったのではないかなと、以前にも思ったのですが、そのように思えるくらいの良い作品でした。「ヒューマンミステリー」のオリジナル作品ということでしたが、サスペンスドラマとしても、学園ドラマとしても、毎回じっくりと落ち着いた気持ちで見ることのできる、見事な連続ドラマになっていました。

学校を舞台にした学園ドラマとしては、今期のドラマでは、例えば日本テレビのドラマ「先に生まれただけの僕」(主演は櫻井翔さん)も学園ドラマでしたが、(そのドラマを好きな方もたくさんいると思うので、あまり比べてはいけないかもしれないのですが)私は圧倒的にこちらのフジテレビ(関西テレビ)の「明日の約束」のほうが好きでした。映像もきれいでしたし、人間を描く物語の文学的な雰囲気も含めて、完成度の高いドラマだったように思います。最後まで見ることができて良かったです。

「民衆の敵~世の中、おかしくないですか!?~」第9話

フジテレビの「月9」のドラマ「民衆の敵~世の中、おかしくないですか!?~」の第9話を見ました。

千葉県のあおば市議会の犬崎和久議員(古田新太さん)や前田康議員(大澄賢也さん)たちは、港町を再開発するというニューポート計画の関連事業として「あおばランド」という遊園地を建設するということを街行く親子連れに宣伝し始めました。そして、「あおばランド」を楽しみにし始めた市民たちが、ニューポート計画に反対する市長の佐藤智子(篠原涼子さん)に不満を持つように仕向けて行きました。

犬崎議員たちの策略により、市民から要望のある重要な会議は度々延期され、犬崎議員たちの集める佐藤智子市長に対するリコールの署名も増えていきました。智子さんは、副市長になることを引き受けた市議会議員の藤堂誠(高橋一生さん)と二人で、港の再開発に反対する漁師の代表の井上さん(菅原大吉さん)に会いに行ったのですが、反対する市民はいるけど声を上げないからいないことにされている、先祖代々続けてきた漁師の暮らしをこれからも続けたいと願うことはいけないことなのかと不安そうな井上さんに対して何かを明言することはできませんでした。

藤堂議員を呼び出した犬崎議員は、藤堂議員が顧客になっていた風俗嬢の莉子(今田美桜さん)との写真を藤堂議員に見せました。智子さんの友人で私設秘書になった千葉報知新聞社の文化部の記者の平田和美(石田ゆり子さん)は、政治部記者の西村健吾(長谷川朝晴さん)から、智子さんの不正献金疑惑の記事が出ることを教えられ、市長室の智子さんに確かめに行ったのですが、智子さんは何も知りませんでした。智子さんには後援会はなく、パーティー券を配るようなパーティーを開いたこともありませんでした。

農家のための政策を考えようとしていた園田龍太郎(斎藤司さん)は、会議が延期になって市政が停滞している不満を智子さんにぶつけました。犬崎派を抜けた市議会議員の小出未亜(前田敦子さん)と藤堂議員と和美さんと一緒に不正献金疑惑の“証拠”の書類を調べようとしていた智子さんは、それらの“証拠”が智子さんが市長になる頃から周到に準備されていたものだと知り、河原田晶子前市長(余貴美子さん)が潔白だと主張していた汚職疑惑も、犬崎議員の罠にはめられたものだったのだと気付き、河原田前市長に会いに行くことにしました。

河原田前市長は大学の経済学科の教授になっていました。智子さんよりも先に事情を知った元市長派の岡本遼(千葉雄大さん)は、河原田市長の潔白を最後まで信じなかったことを河原田さんに謝りに来ていました。河原田さんを訪ねた智子さんは、そこで、あおば市の福祉課の職員の小野佑樹(猪塚健太さん)を紹介されました。小野さんは、河原田前市長の秘書だった、市長の潔白を訴えて自殺した望月守(細田善彦さん)と交際していたこと、児童館建設費の内の5千万円を市長が着服したという疑惑の証拠を作っていたことを智子さんに話し、大学の奨学金のローンの返済に困っていた時、犬崎議員の配下の元上司から、望月は同性を好きらしいからお前が行けと命じられて断ることができなかったと後悔していました。

福祉課の上司というのが犬崎議員の勧めで自分の秘書になっていた富田恭一(渡辺いっけいさん)だと知った智子さんは、証言をしてほしいと小野さんに頼んだのですが、証言については河原田市長が断りました。望月さんのプライバシーや性的指向が望月さんの意に反して公表されることを恐れたためでした。河原田市長は、智子さんに、望月君は同性を好きなことを恥ずかしいことではないと言っていた、それでも周囲に言わなかったのは日本の社会がまだ認めていないからだ、両親に迷惑がかかるかもしれないと気にしていたと伝えました。

智子さんは、富田さんを探そうと、犬崎議員の部屋へ向かい、挨拶をしろと怒る犬崎議員に、あなたのおかげで私のやるべきことが分かったと告げました。しかし、ニューポート計画に反対する市長の不正献金疑惑を批判する市民たちからの、市長への早く辞めろという声は強まっていきました。市庁舎の前でマスコミに記者たちに囲まれていた智子さんは、副市長の藤堂さんに守られながら、潔白を訴えようと立ち止まった時、群衆の中に駆け込んできた、かつては智子さんを応援していた八百屋の女性から、あんたは民衆の敵なんだよ!と赤いりんごを投げつけられました。

脚本は黒沢久子さんと梶原阿貴さん、演出は相沢秀幸さんでした。

藤堂さんの国会議員の兄や父親とつながっているらしい犬崎議員がニューポート計画にこだわる本当の理由はまだ分からないのですが、犬崎派の推進するニューポート計画に伴う「あおばランド」という遊園地の建設計画に浮かれる市民たちには、本当の「民衆の敵」が見えていないというか、誰が本当の「民衆の敵」なのかを考えようとしていないというか、そのようなことが、現実にも起きていることとして伝わってくるような第9話でした。

多くの市民や国民は、実際にも、“選挙で選ばれた”ベテラン議員たちの策に騙され放題の状態になっているのかもしれないなと思いました。そのような市民や国民の一人である私も、政治家や広告会社やメディアの制作者たちに、簡単に騙されてしまっている一人なのかもしれないと思います。

はっきりとした声を上げることができない少数派の住民のことを行政はいないことにしてしまうのだと、漁師の井上さんが市長の智子さんや副市長(まだ認められてはいないということでした)の藤堂さんに話していた港の場面が良かったです。

再登場した河原田前市長が智子さんと岡本さんを信じて、自殺した元秘書の望月さんの愛人だった福祉課職員の小野さんを紹介するという展開も、良かったです。

犬崎議員の罠が周到に準備されていたものだったということが描かれていたのも良かったと思うのですが、それにしても、次回が最終回ということなので、あと1時間でこの話はまとまるのだろうかと、少し心配にも思えました。あと1回であるなら、今回のような話は、もう少し前に描かれていたほうが良かったのではないかなとも思えました。

犬崎議員たちのように、現実の与党も、国会で法案を通すために、国民の世論を動かすということを、メディアを通じて行っているのかもしれません。報道によると、「アベノミクス」で経済格差を拡大させている与党は、来年度からさらに生活保護費の支給金額を、生活保護費の受給を申請せずに貧しい生活を送っている人の生活費に合わせて下げようとしているということですが、それは、国が、日本国憲法の第13条「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」(幸福追求権)や第25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」(生存権)で保障されている内容の基準を下げようとしているということであるように思えます。そうであるなら、本当は「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」国民一人一人が、その政策を、人権が侵害されたり個人の尊厳が蔑ろにされたりすることにつながる危険なことだと考えなければいけないのかもしれません。個人がそれぞれ自由な気持ちで生きることができるようになることよりも、生活保護を不正に受給している人がいるということに気を取られて、ごく普通に生活保護費を受給している人に対して「ずるい」という風な歪んだ妬み方をして、生活保護費の受給自体がしてはいけないことであるかのような空気を作ってしまうというのは、怖いことであるように思います。

この話は昨夜のTBSラジオの「セッション22」の後半でも伝えられていたのですが、今の政府は、増税や保険料の値上げなど、国民からお金を取るということに関しては積極的に行っても、国民にお金を出すということに関しては消極的で、社会福祉関連の支給金額はできる限り減らしたいということなのだろうと思います。でも、もしも、そのような政府が策を講じて国民同士の間に少しずつ軋轢を生み出そうとしているだとしても、国民のほうでその流れに乗り、裕福な生活を送っているわけではない国民同士で足を引っ張り合う感じになってしまうというのは、何だか奇妙なことのようにも思えます。「頑張っている人(自分は頑張っていると思っている人)」は「頑張っていない人(頑張っている人から見て頑張っていないように見える人)」を見下すようになってしまう、というような説を以前に聞いたことがあるのですが、そのような人間の心理の傾向も関係しているのでしょうか。

ドラマ「民衆の敵」の物語は市政なので、国政の話とは異なるのかもしれませんが、ドラマを見ていると、描かれているようなことは実際にもあるのかもしれないなと、現実と重なるところがあるように思えてきます。もちろん、そのように作られているのだと思うのですが、よく分からないように思えるところが時々あったとしても、良くない政治ドラマだとは思いません。今回の話がどのようにまとまっていくのか、来週の最終回の物語も楽しみにしていようと思います。


ところで、今日から東京の上野動物園のジャイアントパンダのシャンシャン(香香)の一般公開が始まるそうです。上野動物園のホームページで動画が配信されるということなのですが、アクセスが殺到しているようでした。私にはまだ上野動物園のシャンシャンを直接見に行くことができませんが(和歌山のアドベンチャーワールドで生まれているパンダたちもかわいいと思うのですが、遠いのです)、報道されている映像のシャンシャンの動きがとてもかわいいので、しばらくは混雑しているのかもしれないとしても、来年のいつかには私もシャンシャンとシンシンを見に行ってみたいなと思います。

あと、昨夜の報道によると、日本スケート連盟は、怪我をしてグランプリシリーズを欠場していたソチ五輪金メダリストの羽生結弦選手を、全日本選手権を欠場ということになっても、過去の実績から来年の平昌五輪の男子フィギュアスケートの日本代表に選ぶと発表したそうです。私は浅田真央さんが競技を引退してからフィギュアスケートの試合の中継をあまり見なくなってしまったので、最近のフィギュアスケート事情はよく知らないのですが、その報道を聞いて、トリノ五輪の開催を控えた年末の全日本選手権で優秀な成績を収めた中野友加里さんよりも、スケート連盟が「過去の実績」から安藤美姫さんを代表に選んでいたことを少し思い出しました。

「おんな城主 直虎」最終回

NHKの大河ドラマ「おんな城主 直虎」の最終回(第50回)「石を継ぐ者」を見ました。

天正10年6月2日の「本能寺の変」で織田信長(市川海老蔵さん)を討った明智光秀(光石研さん)の謀反の失敗を知った徳川家康(阿部サダヲさん)は、無事に三河に戻ると、何も知らなかったかのように、織田の敵を討つ流れに乗り、織田の領地となって反乱の起きていた旧武田領の甲斐や信濃を治めに行きました。

南蛮船に乗らないかと誘われているという龍雲丸(柳楽優弥さん)に、先に死ぬなと言って、水筒を渡して別れたおとわ(直虎、柴咲コウさん)は、井伊谷に戻ると、龍潭寺で匿っている明智光秀の子供の自然(田中レイさん)を、徳川から守ることにしました。身柄を引き渡すよう言いに来た井伊万千代(菅田将暉さん)を僧侶の傑山(市原隼人)が弓を引いて止め、家康を守りたい生母の於大の方 (栗原小巻さん)から、あなたには子供がいないから分からないと言われたおとわは、子供がいないからどの子もみんな自分の子供に見えると反論し、徳川方の武将(小木茂光さん)にこの子は織田信長の遺児だと言って、龍潭寺の南渓和尚(小林薫さん)に信長からもらった黒い茶碗を出してもらいました。天目茶碗と花押入りの手紙を見た織田方の武将は諦めて帰り、自然は、昊天(小松和重さん)から「悦岫(えっしゅう)」と名付けられ、龍潭寺の小坊主となりました。

南渓和尚と相談し、井伊谷に残る身内を万千代のもとに預けることにしたおとわは、その頃から少しずつ体調を崩し始めていました。咳をするようになったおとわを南渓和尚は心配していました。

浜松城では万千代が荷物の中にあるはずの笛を探していたのですが、その秋の夜、笛の音を聴いて外に出たおとわは、井戸のそばで笛を吹いている亀之丞(藤本哉汰さん)を見つけて驚き、鶴丸(小林颯さん)にも声をかけられてどうして子供の姿なのかと驚いていたのですが、おとわも昔のおとわ(新井美羽さん)の姿に戻っていました。「これから」を見に行こうと3人で出掛けようとすると、そこへ子供の頃の龍雲丸(能浦航汰さん)もやって来て、4人は「いざ!」と井戸の中を覗き込みました。

翌朝、井戸のそばに座ったまま息を引き取っているおとわを南渓和尚が見つけました。そばには笛が落ちていました。龍潭寺では、昊天と傑山がお経を上げました。井伊家の隠し里のあった畑には稲が実っていて、おとわの葬儀が終わると、南渓和尚は、浜松城を訪ね、万千代に笛を渡しました。そして、南渓和尚から白い碁石を渡された万千代は、井戸の拾い子から始まったことから分け隔てなく人を受け入れる、竜宮小僧のように民に尽くす、戦わずして生きるという、井伊家の人々の遺志を受け継いでいく決意をしていました。

徳川家康は、井伊家の先代の当主の直虎の死を知る中で、旅に出る南渓和尚からある手紙を受け取っていました。おとわの死から立ち直った万千代は、甲斐や信濃の地を徳川が治めることを北条に認めさせるという条件も含めた北条家との和睦交渉を自分に任せてほしいと家康に頼みました。潰れた家の前髪だからこそできることがあると、小野万福(井之脇海さん)や中野直之(矢本悠馬さん)や奥山六左衛門(田中美央さん)たちと出かけた万千代は、甲斐や信濃の武将たちを、徳川は年齢に関係なく、潰れた家や逆賊の家の者も蔑ろにはしないと説得して味方にし、北条家との和睦交渉を無事に成功させたようでした。

浜松へ戻った万千代は、ついに元服をすることになりました。家康は、井伊家の「直」と小野家の「政」から付けた「直政」という名前を万千代に授けました。それは家康が受け取った、南渓和尚かおとわからの手紙に書かれていた名前でもあったようでした。

家康は、高瀬(朝倉あきさん)を養女にして嫁がせた近藤康用(橋本じゅんさん)も菅沼家も鈴木家も、松下常慶(和田正人さん)の松下家も、瀬戸方久(ムロツヨシさん)も?、甲斐や信濃からの赤備えの武将たちも、直政の家臣にしました。そして、井伊の赤備えの大将になった直政は、自ら一番槍となって戦場を駆け抜けていきました。

最後、その姿は、「井伊直虎」として遠江の井伊谷とその民と井伊家を守り抜いた、次郎法師のおとわの姿と重なっていました。おとわは、井伊直親(三浦春馬さん)と小野但馬守政次(高橋一生さん)と囲碁をしていました。おとわが白い碁石を置いた後、政次?が黒い碁石を置くと、碁盤には白と黒の碁石で「完」の文字が出来上がって、それを見たおとわが「えっ?」と驚いたところで、語りの中村梅雀さんがこの物語の「おわり」を告げました。

作(脚本)は森下佳子さん、音楽は菅野よう子さん、演出は渡辺一貴さんでした。

最終回の「石を継ぐ者」というサブタイトルは、ジェイムズ・P・ホーガンのSF小説『星を継ぐもの』から取ったものでしょうか。私は昔NHKの「ふしぎの海のナディア」というアニメを好きで見ていたので、その最終回の「星を継ぐ者」というサブタイトルのことも思い出しました。

乳母のたけ(梅沢昌代さん)が姪の松に代わったのが最終回ではその妹の梅に代わったりしていたのも面白かったのですが、最後の囲碁の終わり方も、楽しいものでした。ドラマを見ている私もおとわと一緒に「えっ?」と思うような、少し笑ってしまう感じの、ゆとりのある終わり方だったように思います。政次は、辞世の句の通りに、おとわを待っていたということなのかなと思いました。

前作の「真田丸」の最終回では主人公の真田幸村(堺雅人さん)は自刃していましたが、今作の直虎は、病死とはいっても、縁側や庭で“眠るように”死んでいるという描かれ方をしていました。それは最近の大河ドラマの死の描き方(死の場面をあまり描かない)の一連の流れと同じようなものではあったのですが、この大河ドラマは少しファンタジー風、お伽話風でもあったので、笛の音に誘われて井戸のそばで座ったまま亡くなっているというのも、このドラマのおとわ(直虎)には、不自然ではなかったような気もします。

子供時代の亀と鶴とおとわの再登場も良かったですし、その中に龍雲丸が混ざっていたのも良かったです。おとわが亡くなった頃、龍雲丸も海難事故で亡くなっていたようでした。空には龍の形をした雲が昇っていて、浜辺には壊れた船の残骸とおとわにもらった二つの水筒が落ちていました。おとわは、「永遠」の意味だったのでしょうか。「亀」の井伊直親(三浦春馬さん)も、「鶴」の小野政次も、井伊直虎だった「虎」のおとわも、「龍」の龍雲丸も、意味のある名前だったのだなと改めて思います。

4人の場面はそこで終わってしまったのですが、ファンタジー風のついでに、せっかくなので、例えば4人で直政が家康と作る平和な未来の世の見物に行くとか、そのような場面があっても良かったような気もしてしまいました。

寺田心さんの演じる虎松も、菅田将暉さんの演じる万千代も良かったですし、悩んだり、閃いたりしながら、直虎や政次の意志を受け継いで「徳川四天王」の一人の井伊直政になっていく様子が、すっきりと描かれていたのだと思います。

いつも猫と一緒にいた、小林薫さんの演じる南渓和尚は、史実では、直虎の亡くなった7年後に亡くなるようでした。最後の「直虎紀行」は、滋賀県の彦根城と、直政の遺言によって住職になった昊天が彦根に建立したという龍潭寺、井伊谷の田んぼの中に残されている井戸が紹介されていました。ドラマでは、御初代様(井伊共保という平安時代の方だそうです)が拾われたという井戸は森の中にあるような印象だったのですが、井戸は田んぼの中で立派な塀に囲まれていて、大切に守られているようでした。

直政と阿部サダヲさんの演じる「豆狸」の徳川家康がこれから300年続く平和な世を築いていくのだということを、「おんな城主 直虎」の最終回で言っていたばかりだったということもあり、その直後に放送された、来年の2018年の大河ドラマ「西郷どん(せごどん)」(主演は鈴木亮平さん)の予告映像の冒頭で、今から150年前に300年続いた徳川の世を終わらせ明治維新を成し遂げた男、というナレーションを聞いて、次回作が「明治維新150年記念」の?西郷隆盛を主人公にした大河ドラマだということは一応知ってはいたものの、これから徳川の平和な世を作っていくと言っていたのにもう終わらせるのかと、少し驚きました。

ともかく、前作の「真田丸」も好きでしたが、今作の第56作目の大河ドラマ「おんな城主 直虎」も、好きなまま、最後まで楽しく見ることができて良かったです。時代劇というよりは、ところどころ現代劇のようでもありましたが、良い大河ドラマだったと思います。オープニングの草木や花の映像も良かったですし、テーマ音楽も聴きやすくて印象的でした。

「直虎」の総集編は12月30日に放送されるそうです(これまでの各回の時と同じく、総集編の各章のサブタイトルもまた面白く作られています)。次作の大河ドラマ「西郷どん」も、まだどのような作品になっているのか分かりませんが、楽しみにして見てみようかなと思います。

「アシガール」最終回

NHKの土曜時代ドラマ「アシガール」の最終回(第12回)を見ました。

若君・羽木九八郎忠清(健太郎さん)を守るため、再び足軽の唯之助として高山軍に紛れ込み、若君の異母兄の羽木成之(松下優也さん)に危険を知らせるため、川を渡った速川唯(黒島結菜さん)は、背後から高山の兵に撃たれました。腕を負傷した唯さんから若君が生きていると教えられた成之は、熱を出して意識を失った唯之助について、実は若君の最愛の女子であると、天野小平太(金田哲さん)や木村政秀(正名僕蔵さん)に打ち明けました。若君を助けに向かった成之は、山道で待ち構えていた敵兵に襲われるのですが、山から下りてきた若君と共に戦い、難局を切り抜けました。

高山宗鶴(村田雄浩さん)は、羽木との戦を続けようとしていたのですが、風邪に倒れてしまい、本当の負けとは己を譲ることだと父親に教えられた嫡男の高山宗熊(加藤諒さん)は、自分の思いの通りに、すぐに羽木との和議の場を設けました。現れた忠清を見た宗熊は、かの姫は息災かと唯さんのことを訊きました。息災であると答えた若君は、自分のほうからは高山に戦を仕掛けるようなことはしないと宗熊と約束し、和議は成立したようでした。

意識を失っていた唯さんは、黒羽城で目を覚ましました。吉乃(ともさかりえさん)から奥座敷だと教えられた唯さんは、驚いて戦場に戻ろうとしたのですが、女中頭に止められました。若君は、足軽の唯之助が女子であることを父親の羽木忠高(石黒賢さん)に話し、天野家の養女となった唯さんを妻として迎えたいと頼みました。唯さんを側室ではなく正室にしたいと若君に言われて困っていた忠高は、天野信茂(イッセー尾形さん)から、唯は遠いところからやって来た羽木家の守り神かもしれないと説得され、唯さんとの結婚を認めたようでした。

成之は、父親の忠高に、母親の久(田中美里さん)を城下に住まわせたいと頼み、一緒にお城で暮らすよう言われて驚いていました。忠高は、幼い頃の成之を殺そうとしたのは自分ではないが、お城から追い出したのは自分の責任だと、成之と久さんに話していました。

正室になるための礼儀作法の特訓や文字の勉強に苦労し、「若君を守るため」に正室になるということに疑問を感じ始めた唯さんは、若君に、若君の命を守るためなら戦場へも行きたい、正室になると戦場には行けないというのなら、結婚という形にはこだわらないと言いました。若君は、唯を戦場に行かせるわけにはいかないから戦のない平和な世を作る、これからは私が唯を守ると約束し、唯さんを抱きしめていました。

脚本は宮村優子さん、演出は中島由貴さんでした。

「めでたし、めでたし」という感じの大団円の最終回だったと思うのですが、思っていたよりも、あっさりとした最終回だったように思います。

松丸家の阿湖姫(川栄李奈さん)は、若君に振られて実家に帰ろうとしていたところを、若君の兄の成之に、春まで待ってはどうか、一緒にお花見をしようと止められて、少し泣いていました。私はこのドラマの原作の森本梢子さんの漫画『アシガール』を未読なのですが、いつか阿湖姫と成之さんが結婚するということなのでしょうか。

最終回があっさりとしていたように思えたのは、「SF」の要素がほとんどなかったからというか、タイムマシンに乗って戦国時代へ行く前の唯さんがいた現代(平成時代)の描写がなかったからでもあるように思います。刀型のタイムマシンのスイッチは吉乃さんが預かっていたので、例えば吉乃さんの子供たちが満月の夜に間違ってタイムマシンのスイッチを入れてしまうというような展開も、もしかしたらあるのかもしれませんが、最終回の中では特に何も起きませんでした。唯さんの両親や弟の尊の場面はなかったので、未来(現代)の家族のもとへ戻らない決意をしたらしい唯さんを、家族がどのような思いで待っているのか、あるいは待っていないのか、そのようなところは分からないままです。

そのように現代の場面がなかったので、少なくとも当初の歴史通りには滅亡しないという風に運命が変わった羽木家の未来がどうなったのかも分かりません。「SF時代劇」ということなので、全体的には面白かったのですが、ドラマを見ていた私としては、もう少し「SF」の部分もしっかりと描かれていほしかったように思います。

それでも、黒島結菜さんの演じる真っ直ぐな唯さんや、健太郎さんの演じる若君の忠清はとても良かったですし、私も「土曜時代ドラマ」の「アシガール」の物語(全12話)を最後まで楽しく見ることができました。戦のない世を願うというところも、今の時期によく合っているように思える、さわやかなSF時代劇でした。
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