「ウチの夫は仕事ができない」第7話

日本テレビの土曜ドラマ「ウチの夫は仕事ができない」の第7話を見ました。

昨夜には、フジテレビの恒例の「ほんとにあった怖い話 夏の特別編2017」や、NHKのBSプレミアムのドキュメンタリードラマ「華族 最後の戦い」も重なっていたのですが、気軽な気持ちで見ることができそうという理由で、放送時間にはこちらのドラマを見ることにしました。

第7話では、飲料水会社が新しく建てた本社周辺の地域を盛り上げたいという趣旨でイベントが行われることになり、第一制作部のチームリーダーの土方俊治(佐藤隆太さん)にその担当を任された小林司(錦戸亮さん)は、商店街の神社で夏祭りの盆踊り大会を開催しようと考え、商店街の人たちが夏祭りに人は来ないと諦めている中、近所に人たちにまず夏祭りが開かれることを知ってもらおうと、地道に宣伝活動を行うことにしました。

一方、小林家では、妊婦の妻の小林沙也加(松岡茉優さん)と司さんは、生まれてくる子供が男か女かで盛り上がっていました。しかし、司さんの姉の小林みどり(江口のりこさん)と一緒に遊びに来た、大坂の実家で暮らす司さんの父親の辰男(升毅さん)は、小林家の跡取りがほしいから元気な男の子を生んでくれと言い、男だと決めつけて名前まで考え始めました。辰男さんは、男は仕事ができなければいけない、男が女に弱音を吐くのは情けないと考える、昔気質?の人でした。沙也加さんは、最初は男でも女でもどちらでもいいと思っていたのですが、男よりも女のほうが生きやすいのではないかと考えるようになり、女のほうがいいのかなと悩んでいました。

商店街で地道な宣伝活動を続けていた司さんは、夏祭りの当日、飲料水会社の社員のミスでお客さんに配る予定の飲料水が冷やされていないという事態に見舞われるのですが、司さんの活動を見ていた商店街の人たちに助けられ、実は夏祭りを行いと思っていたと感謝されました。そして、町内の人たちと一緒に夏祭りを成功させた司さんは、夏祭りに来た上司の土方さんに褒められ、息子は仕事でミスをしているのではないかと心配していた父親にも認められました。

反省した辰男さんは、男の子を産んでほしいと言ったことや名前を考えようとしたことなどを沙也加さんに謝り、機嫌良く帰って行きました。そして、その後、産婦人科を訪れた沙也加さんと司さんは、医師から生まれてくる子供は男の子ですと言われ、喜んでいました。

脚本は渡辺千穂さん、演出は小室直子さんでした。

小林家の嫁の沙也加さんは、結局、義父の辰男さんの希望通りの小林家の跡取りの男の子を産むらしいということで、(どのように育つのかは分かりませんが、一応は)良かったね、という終わり方でもあるのかもしれないとは思うのですが、まさか今時、男が得か女が得か、というような話になるとは思いませんでした。

夫の実家の家族から跡取りの男の子を生んでほしいと言われて困る、というような妻の方の悩み相談も世の中にまだあるのかもしれないとは思いますが、ドラマを見ていて、何となく、このような物語で良かったのだろうかと、少し複雑な気持ちになりました。

男性に生まれるのと女性に生まれるのとではどちらが幸せかというようなことは、人によるのだろうと思います。人にはそれぞれ個性があるので、男性に生まれても、女性に生まれても、そのどちらでもない性別に生まれても、上手く生きることができる人は上手く生きることができるし、上手く生きることができない人は上手く生きることができないのだろうと思います。幸か不幸かに性別はあまり関係がないような気もしますが、でも、中島みゆきさんの歌の「ファイト!」に描かれている女性のような場合には、男に生まれればよかったと、確かに思うかもしれません。どちらが良いかということはバラエティー番組などでも時々扱われているように思いますが、私としては、どちらのほうが良いのかということは、全く分かりません。

それにしても、ドラマを見ている私には、司さんが「仕事ができない」人には見えません。沙也加さんにとっては、一体どのような人が「仕事ができる」人ということになるのでしょうか。

沙也加さんと司さん、みどりさんと田所陽介(薮宏太さん)がシンクロ?していた場面は、楽しいようにも思えたのですが、物語の本筋とはあまり関係がないので、その分、司さんの仕事の場面(このドラマがお仕事ドラマではないとしても)が少し雑に描かれていたようにも思えました。

予告によると、次回からは「第2章」になるそうです。このドラマが「第1章」と「第2章」に分かれているとは知りませんでした。次回も気軽な気持ちで見てみようと思います。

「731部隊の真実 ~エリート医学者と人体実験~」

先日の日曜日にNHKの「NHKスペシャル」で放送されていた「731部隊の真実 ~エリート医学者と人体実験~」を見ました。

大日本帝国陸軍の関東軍の「731部隊」のことは、これまでにも何度か、NHKだけではなく民放でも特集されていました。この部隊について書かれた本としては、『悪魔の飽食』という森村誠一さんの昔の小説が有名ですが、私は未読のままです。人体実験を行う731部隊の存在を小学生か中学生の頃に知った時には本当に驚いたのですが、以前はこのような戦時中の関東軍の「加害」の歴史もちゃんと伝えていたのだと思います。

1932年に陸軍軍医学校防疫部に軍医の石井四郎が所属する防疫研究室が作られたというところから始まっているそうなのですが、1936年の満州国に関東軍防疫部が作られ、1940年に関東軍防疫部は関東軍防疫給水部となり、その本部が「関東軍防衛給水部本部」、通称「第731部隊」ということでした。部長は軍医の石井四郎でした。旧ソ連軍と戦うための細菌兵器を開発していたそうなのですが、細菌兵器は当時国際条約で禁止されていたため、「防衛目的」の研究として密かに進められていたそうです。

中国のハルビンの平房という町には、本部跡が残っているそうなのですが、建物は1945年の8月9日のソ連軍の侵攻を知った日本軍が帰国する前に証拠隠滅のために爆破したのだそうです。

731部隊に所属していた方の証言があるにも関わらず、これまではロシア側の文書記録しかなかったために?731部隊の人体実験の事実を嘘だとか捏造だとか主張する方も時々いたそうなのですが、大学などの数百件の資料を調べたという今回の番組の調査の中で、ロシアのモスクワで1949年のハバロフスク軍事裁判の22時間の音声データ記録が見つかり、生きた人間を実験材料としていたという事実を証言する、当時の731部隊の軍医や憲兵や衛生兵たち12人の声を聴くことができたということでした。

テープの中の衛生兵の古都さんは、ワクチンの効果を調べるために中国人や満州人50人に砂糖水の中にチフス菌を入れて飲ませて感染させるという実験を行い、12名か13名亡くなったと記憶していると証言していました。軍医の西さんは、4、5人の「囚人」の部屋にペスト蚤を入れてペストに感染させるという実験を行ったと証言していました。

番組で紹介していた写真に写っていた3人の「囚人」は、柱に括りつけられていました。戦時中の、昭和初期の当時、日本人は、日本の統治に反対する中国人や満州人やソ連人たちのことを「匪賊(ひぞく)」と呼び、スパイや思想犯として捕えていたそうです。『関東軍憲兵隊司令部警務部長通達』という資料には、「スパイとして利用価値無き者」を、裁判を経ずに、731部隊へ実験材料として送っていることが記されているそうです。送られた人たちの中には、女性も子供もいたのだそうです。

731部隊の第一部(細菌研究)の部長の川島清さんは、「乳飲み子を持っていた女性」もいたことを証言し、感染させた後治療をするが、他の実験に供され、死ぬまで実験を繰り返したと証言し、あなたが勤務中に生きて監獄を出たもの一人もいないということかと訊かれて、その通りであります、と答えていました。

元少年隊員だったという当時14歳の三角さんという方は、事実を知ってほしいと初めて取材に応じたということでした。三角さんは、731部隊の所有する飛行機の整備を担当していたそうなのですが、「丸太(マルタ)」と呼ばれている頭を丸坊主にされた囚人たちが施設に運び込まれ、杭に一人ずつ繋がれているのを見たそうです。三角さんは、「各界の権威」から一年間、細菌の教育を受けたそうです。

元少年隊員の須永さんという方は、医学者たちの資料を保管していて、731部隊の戦後の「戦友会」の名簿を見せてくれたのですが、そこには、東京大学や京都大学、慶応大学、北海道大学、金沢医学大学、東北大学、麻布獣医大学、北里大学など、たくさんの有名な大学の名前がありました。731部隊には、全国の大学から、医学者や理学者や薬学者などの権威が集められていたそうなのですが、資料によると、約10校の大学から40人の研究者が731部隊に集められていたのだそうです。研究者たちは、技師として軍属になり、将校として部隊の中枢にいたのだそうです。

11人の技師を満州の731部隊に送った京都大学の文書館には、当時の文部省と大学の往復書簡が残されていました。その中から、731部隊から大学に贈られた特別費用の書類が見つかったそうです。お金は個人に渡されていて、1600円(現在の500万円)を受け取っていたのは、田部井和(かなう)助教授でした。田部井助教授は731部隊の第一課(チフス)の課長を務めていて、研究班の責任者だったそうです。

田部井さんの部下の古都さんは、チフス菌を注射したスイカの中に菌が繁殖しているのを確認してから満州人と支那人にそれを食べさせましたと証言していました。スイカを食べた人全員がチフスに感染したそうです。田部井助教授は、人体実験をしていました。

京都大学から教授たちが送られた背景には、京都大学の医学部長の戸田正三という人が軍と結びついて研究費を集めていたという背景があったようでした。1943年の研究報告書には、防寒服研究費や衛生研究費などで、現在の2億5千万円を軍から受け取っていたことが記されているのだそうです。

軍部と大学が結びついたのは、1931年の満州事変がきっかけだそうです。国民は満州事変での日本軍の活躍を支持し、大学は満州の病院へ派遣するようになると、各大学で「防疫活動」のポストを争うようになったのだそうです。京都大学の戸田正三医学部長は、医学者も国の満州進出に貢献すべき、と考えていて、731部隊が作られると、そのために巨額の国家予算が使われるようになったということでした。

731部隊の川島部長は、裁判記録のテープの中で、昭和15年には1000万円(現在の300億円)の予算が使われていたと証言していました。予算を動かしていたのは、731部隊の部隊長で軍医の、京都大学出身の石井四郎でした。戸田正三と石井四郎はよく人事の話をしていて、戸田正三は731部隊が何をしていたのかも知っていて、部隊の研究を推進していたのだそうです。戸田医学部長は、京都大学の教授以外にも、個人的な知り合いも731部隊へ送っていたのだそうです。

番組では、東京大学にも調査を申し込んだそうなのですが、東京大学は番組の取材に対して、「組織として積極的に関わっていたとは認識していない」と回答したそうです。積極的に関わっていないのならむしろ堂々と調査に協力しても良さそうなものですが、東京大学は当時の出来事をまだ歴史学問的に調査するゆとりがないということなのでしょうか。戦争に関わって過去の事実をごまかそうとしているように思えますし、とても残念なことであるように思えました。

番組によると、東京大学では、当時の東京大学の総長の長與又郎が、軍医の石井四郎と交流をしていたそうです。長與元総長の遺族の方が保管していた日記には、昭和15年に平房の731部隊を石井四郎大佐の案内で視察し、見学したことが記されているそうです。東京大学からは戦時中に少なくとも6人集められていることが分かっているそうで、東京大学で開かれた微生物学会の集合写真では、全国から集まったという教授たちが石井大佐を囲むように並んでいました。

『喜寿回顧』を記した京都大学医学部の講師だった吉村寿人さんは、基礎医学の研究をしたくて医学部に入ったそうなのですが、ある日、満州の陸軍に技術援助をせよという教授(正路倫之助?)の命令を受け、国内で研究を続けたかった吉村さんは、命令を受けてすぐに断ったそうなのですが、今の日本の現状からこれを断るのは以ての外である、もし軍に入らねば破門するから出て行け、と教授に言われて、満州の731部隊へ行ったそうです。そこで吉村さんは凍傷の研究を命じられ、症例と対策のため、人体実験を行ったそうです。

軍医の西さんは、極寒期の零下20度のところに人を出して大きな扇風機をかけて風を送って人工的に凍傷を作った、凍傷になった指を小さな棒で叩くと板のように硬くなっていたと証言していました。1940年の12月の実験では、長椅子に座っていた凍傷になった5人の中国人のうち、3人の指は黒くなって落ち、2人の指は骨だけが残っていたそうです。

田部井和は、実戦に使うための研究を進め、大砲の形をした瀬戸物にチフスを入れた細菌爆弾を開発したそうです。部下の古都さんの証言によると、爆発させた場所に「被実験者」を通過させたり、杭に括りつけた人の上で爆発させて菌を被せたりするという実験を行い、大部分は感染して亡くなったということでした。

番組の証言を聞いていて、日本の軍が生きた人で人体実験をしていたという事実に改めてぞっとしたのですが、「NHKスペシャル」では詳細に伝えることができないくらいのもっと酷いことも、日本軍が捕らえた人たちに対して行われていたのだろうと思います。

でも、そのような731部隊の人体実験を後押ししたのは、日本に反発する人々を「匪賊」と呼ぶようになった日本国内の世論でした。1937年の日中戦争(支那事変)の頃、政府もメディアも、中国での日本人の犠牲を強調して(新聞の見出しには、「邦人はこうして虐殺された」とか「暴虐極まる匪賊」とか「匪賊を徹底殲滅」などと書かれていました)、中国人への憎悪の感情を煽り、国内世論(全員ではないかもしれませんが、国民の多く)は、日本軍による現地の人の処罰を支持して「匪賊」への敵意の感情を高めていったのだそうです。(日本の進出に反発する人々を「匪賊」と呼んだという当時の日本人の多くは、そもそも日本人が他所の国の人々の中へ入っていったということを忘れていたのでしょうか。)

そうした「時代の空気」と研究者は無縁ではなかった、ということでした。

北海道大学医学部の図書館で見つかった1940年の資料『民族衛生研究会』には、染色体の研究者が講演会で、満州の人を「匪賊」と呼んで生きたまま研究をしたことを話していたことが書かれていました。その中には、「匪賊が人間を殺すなら、その報復ではないが、その匪賊を研究材料にしてはどうかと思い付いた」と書かれているそうなのですが、その研究者(誰かは分かりません)が、そのような考えを公にしていたということもそうなのですが、自分が「匪賊」と呼ぶ人を人間とは思っていないらしいということにも驚きました。その研究者は、「日本人」だけを「人間」だと考えていたのでしょうか。あるいは、そのような研究者は、自分や身内や仲間だけを「人間」だと思っていたのかもしれません。その研究者は、匪賊一人を犠牲にしたことは無意味ではない、これ以上立派な材料は従来断じてないと言っていたそうです。

少年隊員だった三角さんは、匪賊は死刑囚だから実験材料として利用して良いと教えられていたそうです。こういう時代から祖王しなければ俺たちがやられるといった考えだった、見てもかわいそうだと口に出してはいけない、口に出したら非国民だと言われる、そういった「雰囲気」や、一般的な風潮がそうだったのですと話していました。

1941年に始まった太平洋戦争が泥沼化し始めると、731部隊は細菌兵器を中国で実戦使用したそうです。国際条約で禁止されていましたが、日本はその条約に「批准」しないまま使用したのだそうです。川島さんは、昭和16年に1回、昭和17年に1回、中国中部の軍隊に細菌武器を使用したと証言していました。ペストやコレラやパラチフスなどの菌を、軍隊だけではなく、集落にも使ったそうです。水源や井戸に散布して汚染したそうです。証言者の古都さんは、中国人の2か所の捕虜収容所にいた3000人分の饅頭(まんとう)に菌を注射し、それを食べるように言ってから現地に解放させた、パラチフス菌を大量に感染させる目的だったと裁判で証言していました。

長崎に原爆の落された1945年の8月9日、ソ連軍が満州に侵攻してくると、731部隊はすぐに撤退の準備を始め、証拠隠滅のために全囚人を殺害し、実験施設を破壊したそうです。幹部の医学者たちは、卑怯にも、特別に用意された列車でいち早く帰国したそうです。少年隊員の三角さんたちは、口外するなと命令され、死体の処理を命じられて、ガソリンをかけて焼いたそうです。その骨を拾いながら、戦争とはこんなものか、戦争とは絶対にするものではないと泣いたと話していました。

いち早く帰国した医学者たちは、戦後、大陸での人体実験のデータと引き換えに戦争責任を免除され、不問となったそうです。このようなアメリカ政府の司法取引のような手法も、本当に卑劣だと思います。データを受け取り代わりに関東軍の731部隊の責任者を野放しにしたということは、アメリカもその酷い人体実験に協力をしたということとほとんど同じことになるのではないかと思います。

教え子たちを731部隊へ送った京都大学医学部長の戸田正三は、金沢大学の初代学長に就任し、731部隊のことを語らないまま、医学界の重鎮となったそうです。田部井和助教授は、京都大学の教授となり、後に細菌学の権威となったそうです。吉村寿は京都大学へ戻って教授となり(後に勲章も授与されたそうです)、自分は非人道的な実験は行っていないと生涯否定し続けたそうです。私は軍隊内において凍傷や凍死から兵隊をいかに守るか、部隊長の命令に従って研究をしたのであって、決して良心を失った悪魔になったわけではない、と吉村さんは回想しているそうです。自分は非人道的な実験は行っていないと、戦後の吉村さんは本気で思っていたのでしょうか。それとも、そのようにでも思い込もうとしなければ長く生きていくことができなかったということなのでしょうか。

731部隊の当事者たちが口を閉ざす中で、残酷な731部隊の話題はタブーになっていったということでした。しかし、戦後72年の今年その歴史が改めて問われていると、今年の3月の日本学術会議の「軍事的安全保障研究に関する声明」のことが伝えられていました。

1949年に創設された日本学術会議では、1950年に「戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わない」旨の声明を出し、1967年には同じ文言を含む「軍事目的のための科学研究を行わない声明」旨の声明を出したそうです。それは、科学者たち自身による戦争協力への反省から生まれたものでした。そして、今年に出された「軍事的安全保障研究に関する声明」は、防衛省が新しく作った防衛装備庁の「安全保障技術研究推進制度」では「将来の装備開発につなげるという明確な目的に沿って公募・審査が行われ、外部の専門家でなく同庁内部の職員が研究中の進捗管理を行うなど、政府による研究への介入」が著しいということの問題と懸念を訴えるものでした。

政府が防衛省の予算の中から軍事利用できる研究を行う大学の研究室に「研究費」を配るということを始めているそうで、大学と軍事研究の在り方が改めて議論されていた日本学術会議では、心配する声が上がっていました。その一方で、軍事研究は兵器研究ではないと言っている方もいました。2016年のNHKの「クローズアップ現代+」の「“軍事”と大学 ~岐路に立つ日本の科学者たち~」では、原爆につながる理論を発見したアインシュタイン博士やイギリスの哲学者のラッセルや湯川秀樹博士や朝永振一郎博士が、戦後、科学の平和利用を訴えるようになったということが言われていて(ラッセル=アインシュタイン宣言)、ノーベル物理学賞を受賞した益川敏英博士も、防衛省の予算で大学が軍事関連の研究を行うことに反対していましたが、あまり過去の戦争のことと結びつけて考えずに、研究費を出してもらえるなら何でもいいという風に思っている教授や学生の方たちも増えているようでした。

日本学術会議のスライドには「哲学のない科学・技術は凶器である」と書かれていました。そこでは、アメリカのマンハッタン計画や原爆の話と共に、日本による中国での毒ガス実験や731部隊の話も出ていたそうです。ある科学者の方は、「科学者の責任ということです。科学者は戦争に動員されたのではなく、科学者が戦争を残酷化してきたという歴史があると思います。」と話していました。

ロシアで見つかったハバロフスク裁判の12人は、幹部たちがいち早く逃げた後にソ連軍の捕虜となった人たちだそうです。音声記録に残されていた声の、軍医の柄沢十三夫さんという方は、人体実験に使われた細菌の培養の責任者だったそうなのですが、戦争が終わってようやくその罪の重さに気付いたようでした。番組では最後に、柄沢さんの声が流れていました。「自分は現在平凡な人間といたしまして、自分の実際の心の中に思っていることを少し申してみたいと思います。私には現在、日本に、82歳になる母と、妻並びに2名の子供がございます。なお私は自分の犯した罪の非常に大なることを自覚しております。そうして終始懺悔をし後悔をしております。私は将来生まれ変わって、もし余生がありましたならば、自分の行いました悪事に対しまして、生まれ変わった人間として、人類のために尽くしたいと思っております。」というような言葉でした。柄沢さんはソ連で刑に服した後、帰国直前に自殺したのだそうです。

ハバロフスク裁判の22時間に及ぶ日本軍の証言記録音声は、いつか本になるのかもしれません。「731部隊の真実 ~エリート医学者と人体実験~」を今放送したNHKは、勇気があると思いました。良い特集でした。

戦争の特集を見ていると、人間には残酷な側面があるということがよく分かります。約72年以上前の戦争中の時代が、当時の人たちにとっては日常の延長線上にあったということであるのなら、今の私たちの日常もそのように少しずつ変化していくのかもしれないですし、戦時中の人たちと今現在の人たちとの間にそれほどの性質の違いはないように思えます。今の私たちも気を付けていないと、残酷な側面に支配されてしまうことになるかもしれません。

番組のナレーションでは、「今私たちに問いかける医学者と731部隊の真実。それは戦争へと突き進む中でいつの間にか人として守るべき一線を越えていったこの国の姿でした」と言われていたのですが、戦時中の731部隊が行っていたことは本当に怖いことで、怖くて酷いことだとしても、日本人は忘れてはいけないというか、無かったことにしようとしてはいけないことなのだと思います。

2015年の頃にEテレの「ETV特集」では「“医師の罪”を背負いて~九大生体解剖事件~」が放送されていました。1945年の九州大学(九州帝国大学)の医学部内で捕虜となったアメリカ兵に対する生体解剖実験が行われていたということを、当時現場に立ち会って補助をしていたという医師の東野利夫さんが証言していました。

戦争時代の酷い出来事のことを関係者の方が恐れずに証言をしてくださるおかげで、また、そのことをジャーナリストの方が本や報道番組などで伝えてくださるおかげで、戦争を知らない世代の今の私も、戦時中に何が行われていたのかことを少しでも知ることができます。

戦時中の被害や加害の話には辛いものが多いので、聞いているとやはり重い気持ちになりますし、悲しいというだけではなくて、怒りの気持ちも出てきます。番組の最後に裁判での音声が紹介されていた柄沢さんという軍医のように、終戦直後からだとしても、自分の犯した罪の重さに気付いて自殺をするような人は、まだましなのかもしれません。京都帝国大学の吉村寿人氏は教授から破門すると言われて破門されることよりも人体実験に関わることを選んだようでしたが、教授などから731部隊への入隊を勧められて最後まで拒絶をした人や批判をした人というのは、当時の大学の中にいたのでしょうか。

関東軍に捉えられた「囚人」の中には女性や子供もいたということですが、731部隊で人体実験を行っていた人たちの中にも、「性犯罪者」はいたのではないかと思います。例えば、満州や樺太に侵攻してきたソ連兵の中に日本人女性に対する「性犯罪者」が多くいたことは戦争関連の番組の中ではよく伝えられていて、そのような話を聞く度に、その兵だった人たちには死んでほしいという風にも思ってしまうのですが、その点の日本兵の他国の女性に対する「加害」の事実は、日本の中ではあまり伝えられていないように思います。もしも私の身内や近所を歩いている元兵士のお年寄りの中に戦地で「性犯罪者」になっていた人がいたらと考えるとぞっとしますが、現地の女性(男性の場合もあったでしょうか)に対して「性犯罪者」などにならなかった日本の兵士や外国の兵士も多くいたのだろうと思いますし、当時の酷い行いを、戦争中のことだから仕方がない、として済ますのはやめてほしいと思います。

広島と長崎へ原子爆弾投下したアメリカ政府は、被爆した方たちの検査データを得ていたということですが、占領政策中やその後の日本政府の協力の下に行われていたということが、いつも不思議に思えます。日本は原爆の被害者なのに、どうしてアメリカの味方をし、被爆させられた日本人の味方にならなかったのでしょうか。731部隊の幹部たちがデータを渡したことで「戦争犯罪者」とされず、処罰を受けずに解放されたということは、本当に日本のためになったのでしょうか。A級戦犯を合祀した靖国神社のことが問題になる時、韓国政府や中国政府が日本政府の批判をするということもあって内政干渉の問題のように扱われることも多いですが、本当はもっと国内で問題にしなければいけないことなのだろうと思います。

第二次世界大戦に勝った連合国側による東京裁判を否定する考えを持つ安倍首相やその仲間の方たちは、それなら一体誰を先の戦争の責任者だと考えているのでしょうか。日本の国民の間でも、そのことはほとんど話し合われていないのだと思います。BC級戦犯のことも含めて、戦犯についてよく分からないということもありますが、A級戦犯になるべき本当の戦犯は、「協力者」を優遇するアメリカとの「司法取引」のようなものによって、公職追放を解除されるなどして、戦後に見逃されてしまったということもあるのかもしれません。今もまだ在日米軍基地の多い戦後の日本の国内問題として、先の戦争の原因や責任者を調べようとしなければいけないのだと思います。

先日のBS日テレの「深層ニュース」では、「海軍反省会」の音声テープの中で証言されていた「特攻」を認めた異様な空気について、大和ミュージアムの館長の戸高一成さん(高の文字ははしご高です)と作家のなかにし礼さんが話していました。「海軍反省会」のことを、私は以前に見た「NHKスペシャル」の「日本海軍 400時間の証言」という特集で知りました。当時の大日本帝国海軍の幹部たちは、人間を消耗品と考えたり、自動操縦機の代わりと考えたりしていたそうです。「特攻」の発想は、そのような中から出て来た「一億総玉砕」の思想の集約したものでした。軍上層部は、そのような「特攻」を志願によるものにしたかったのだそうです。戸高さんは、「負けた」と言って戦争を終わらせることができなかったところに軍人の弱さがあったと話していました。「特攻」の作戦は、「神風特別攻撃隊」(この場合の「神風」は、本当は「かみかぜ」ではなく「しんぷう」と読むそうです)を創設した大西瀧治郎海軍中将が考えたものとされることがありますが、実際には神風特攻隊が創られる前に、海軍が人間魚雷の「桜花」や人間爆弾の「回天」や特攻艇の「震洋」を計画していたそうです。海軍の幹部は「特攻」をやってはいけないものと知りながら神風特攻隊が創られるとそれを戦意高揚に利用し、多くの日本兵をその雑な作戦の下で殺していたということでした。

当時の日本軍の死に方を考えて生き方を考えていないということについては、先日のテレビ朝日の「報道ステーション」で作家の西村京太郎さんも話していました。生きようとしないという点で戦争は日本人には合っていないという説を聞いて、なるほどなと思いました。「海軍反省会」の証言を本にまとめている大和ミュージアムの戸高さんは、テープは重要で貴重な資料であり、公文書として残すことが大切だけれど、その際に一語一句残すことが大切で、重要そうなところだけを選んで残すようなことをしてはいけないと話していました。その話を聞いていて、本当にそうだと思いましたし、また、獣医学部新設を巡る政府の国家戦略特区ワーキンググループ(WG)のヒアリングに学校法人・加計学園の幹部が同席していたにもかかわらず公表された議事録(議事要旨)にはそのことが外されて書かれていたという出来事とも重なるような気がしました。

戦争中に起きた酷い嫌な出来事を、戦争中のことだから、そのような時代だったからなどとして、仕方がない、という風にはしてほしくないように思います。そのように言ってしまうと、これからいつかの未来に、もしも万が一日本がまた「戦争時代」になった時にも、仕方がない、で片付けられてしまうように思えます。

「良心的兵役拒否」というものが外国にはあると聞いたことがありますが、日本では、今でも、太平洋戦争の頃に兵役を拒否して逃走した人のことを「非国民」とか「国賊」という風に扱っているようなところがあるように思います。でも、兵役を逃れた人を「非国民」とか「国賊」とか呼んで罵るほど戦争へ行くことが嫌で不服であるのなら、戦争を始めて徴兵の法律を制定して「一億総火の玉」などというキャッチコピーを作って召集令状を送ってくるような政府や軍や地域の役所などに文句を言うほうが正しいのではないかという気がします。どうすれば良いのか私には分からないのですが、少なくとも戦争は自然災害とは違う人災なので、先の大戦を人災としてきちんと考えるようになるといいのではないかなと思います。

「警視庁ゼロ係~生活安全課なんでも相談室~ SECOND SEASON」第4話

テレビ東京の「金曜8時のドラマ」の「警視庁ゼロ係~生活安全課なんでも相談室~ SECOND SEASON」の第4話を見ました。

警視庁杉並中央警察署の生活安全課「なんでも相談室」(通称・ゼロ係)の刑事の寺田寅三(松下由樹さん)は、小早川冬彦(小泉孝太郎さん)たちからプレゼントされたミステリーバスツアーに参加することになったのですが、それは婚活イベントを兼ねたツアーでした。そのことに気付いて怒る寅三さんでしたが、隣の席になった弁護士の岡野誠司(河相我聞さん)と話すようになりました。ミステリーツアーの途中、乗客はツアーガイドの池澤貴梨子(小林涼子さん)に携帯電話を回収され、目隠しをされてどこかへ移動することになり、しばらくしてバスが到着したのは採石場でした。すると、貴梨子さんは突然乗客たちを人質にしました。乗客たちは最初はミステリーツアーの一環だと思っていたのですが、運転手が縛られ、貴梨子さんが持っていた爆弾を爆発させたのを見て、事件に巻き込まれていることを自覚しました。貴梨子さんは、自身の勤める磯山観光会社の磯山大介(小松利昌さん)に電話をかけ、2億円を要求しました。寅三さんを含む乗客たちは両手を紐で縛られ、期限の午後3時まで待たされることになりました。

一方、寅三さんから解放された冬彦さんは、桜庭勇作(木下隆行さん)と様子を見に行った工場跡地で首吊り死体を発見しました。遺体はエンジニアの森さんという人でした。血判付きの遺書があったことから警視庁捜査一課の刑事の伊達春馬(駿河太郎さん)たちは自殺と判断したのですが、第一発見者としてその場を任され、森さんの自宅を見に行った冬彦さんは、冷蔵庫に入っていた買ったばかりの食材がカレーを作るためのものだと気付いた桜庭さんが自殺ではないと断言したこともあり、事件として調べを進めることにしました。部屋の仏壇にあった娘と思われる写真の前には、労働基準監督署の担当者の名刺が置かれていました。森さんの娘は転落死をしていたのですが、森さんは、それを会社の過重労働が原因だと考え、労働基準監督署に相談をしていたようでした。森さんの娘は、磯山観光の契約社員でした。

太田文平(戸塚純貴さん)を連れて磯山社長に会いに行った冬彦さんは、磯山社長の部屋に現金を運ぶためのジュラルミンケースを見つけ、インターネットのSNSの情報から、寅三さんの参加している磯山観光のミステリーツアーの参加者の知人が参加者と連絡が取れなくなっているらしいと知り、実際に寅三さんが電話に出ないことから、寅三さんは事件に巻き込まれていると推理しました。その後、元捜査一課の刑事の係長の亀山良夫(大杉漣さん)と共に磯山観光を訪ねた冬彦さんは、貴梨子さんのツアーが予定の旅館に到着していないと声をかけて来た契約社員の女性から、磯山観光の社員の8割は契約社員で、会社は契約社員に頑張れば正社員に登用すると言っているからみんな頑張っているが契約社員になった人は一人もいないという話を聞きました。貴梨子さんと亡くなった森さんは2億も売り上げを伸ばしたということでした。

バスの中では、寅三さんはパニックになった女性を岡野さんが座っていた窓側の席へ移動させました。貴梨子さんが手首の紐を切ったことで女性は少し落ち着きました。しばらくして、隣に座る寅三さんが刑事だと知った女性は、回収に出していなかった予備の携帯電話を貴梨子さんに渡し、貴梨子さんは急いで冬彦さんにメールを打ちました。乗客の咳の音で寅三さんの動きを察した貴梨子さんが近付いてきたので、寅三さんは慌てて送ったのですが、その文面は数文字のアルファベットでした。

森さんの家からは爆弾の設計図が発見され、鑑識の結果、森さんは亡くなる前に鹿料理を食べていたことが分かり、事務職の本条靖子(安達祐実さん)は都内のレストランへ調査に向かいました。

脚本は大石哲也さん、監督は倉貫健二郎さんでした。

第4話も、面白かったです。

ゼロ係の冬彦さんと寅三さんが別行動をする中、それぞれが遭遇した(引き寄せた?)事件は一つの事件としてつながっていったのですが、寅三さんのいないゼロ係での桜庭さんや本条さんや亀山係長や新人の文平さんの活躍が描かれていたのも良かったですし、冬彦さんと寅三さんが「バディ」としてお互いを信頼し合っている感じが出ていたところも良かったです。

午後3時になって磯山社長から貴梨子さんに連絡が入り、採石場に社長の車が到着しました。貴梨子さんは、人質の一人として、寅三さんではなく、岡野さんを選んで連れ出し、磯山さんの乗って来た2億円の入ったケースを積んだ車に岡野さんを乗せて運転するよう命じ、自分も乗り込もうとしたのですが、その時、バスを下りてきた寅三さんに、これ以上罪を重ねてはいけないと止められました。警察の車も到着し、冬彦さんたちが降りて来ました。

貴梨子さんは、森さんが殺されたことを知らなかったようでした。この事件には黒幕がいるのではないかと考えていた冬彦さんは、知らない人からのメールの謎のアルファベットの暗号が「おかのしらべて」であることを解読して岡野さんを調べていたようでした。貴梨子さんと森さんは、弁護士の岡野さんに相談に行った時、磯山観光の労働環境を世間に知らせるために身代金を要求する事件を起こしてはどうかということを提案され、岡野さんの計画通りに動いていたのですが、岡野さんは磯山社長とも結託していました。冬彦さんと文平さんが経理の人から聞いたことによると、磯山社長には多額の借金がありました。岡野さんの弁護士事務所の経営も上手くいっていませんでした。そして、急に森さんが計画の実行をやめようと言い出したため、岡野さんと磯山さんは森さんを自殺に見せかけて殺害したのでした。

刑事ドラマなので殺人事件も起きますし、トリック?も凝っていて、社会派の面もあって、意外と重くなりそうでもあると思うのですが、展開のテンポも良く、冬彦さんたちゼロ係のメンバーの性格が明るいので、明るい話に思えます。

寅三さんは、貴梨子さんを指して捕まえろと騒ぐ磯山社長を殴っていました。森さんの死が自殺ではなかったと分かった捜査一課の伊達さんは、自分たちが見落としたということをちゃんと受け止めていました。最後のバスの中の、寅三さんの「タメ口」とそれに感激する?冬彦さんのいつもの場面も、ほっとする感じがあって良かったです。

杉並中央署の副署長の氷川小百合(若村麻由美さん)は、総理暗殺未遂事件に関してのレポートを提出し、犯人とされている人は冤罪だと考えている冬彦さんから、ビルの上から元総理大臣の沢村和男(小林稔侍さん)を撃った犯人は最初から民児党の長田幹事長を狙っていたのではないかと言われてはっとし、そのことを沢村元総理に伝えていました。氷川副署長と沢村元総理は、暗殺未遂事件のことを隠そうとしているわけではないようでした。

それから、冬彦さんが鑑識の青山進(六角慎司さん)と野沢友和(足立尭之さん)と3人で調べている白骨遺体は、頭蓋骨から生前の顔を復元するという段階に入っていました。50年前の白骨は、今度の事件に何か関わっているものなのでしょうか。次回の物語も楽しみにしていようと思います。

「黒革の手帖」第5話

テレビ朝日の木曜ドラマ「黒革の手帖」の第5話を見ました。

新人ホステスの島崎すみ江(内藤理沙さん)から上星ゼミナール理事長の橋田常雄(高嶋政伸さん)が料亭「梅村」を買ったと聞いたクラブ「カルネ」のママの原口元子(武井咲さん)は、売りに出された銀座の最高峰のクラブ「ルダン」の所持者が政財界のフィクサー・長谷川庄治(伊東四朗さん)だと知ると、上星ゼミナールへ乗り込み、橋田理事長に大事な話があると切り出し、すみ江さんとは外で会わないでほしいと伝えました。そして、もう一つ大事な話があると、黒革の手帖を開き、借名口座の存在とすみ江さんを使って入手した裏口入学のリストを示して、「梅村」を譲ってほしいと迫りました。脅された橋田理事長は、最初は裏口入学は人助けだとか、医者不足の社会に役立つのだとか言っていたのですが、結局、元子さんに言われた通りに、2千万円(毎月6万円の25年ローン?)で「梅村」を売る契約を交わしました。

「カルネ」に戻った元子さんは、すみ江さんに、もう橋田理事長と会わなくていいからと伝えました。訪ねて来たクラブ「燭台」のママの岩村叡子(真矢ミキさん)には、「ルダン」を買うのは自分ではないと嘘を吐いてごまかしたのですが、役所や不動産会社へ行き、「梅村」を2億円で転売する計画を実行し始めた元子さんは、それから、洋服姿で長谷川経済研究所へ向かいました。長谷川会長に迎えられた部屋には、安島富夫(江口洋介さん)がいました。

安島さんは、亡き若槻大臣の基盤を引き継いで出馬をすることになった妻の若槻貴子(長野里美さん)と同じ群馬の選挙区で出馬の準備を進めていたのですが、その頃、週刊誌に若槻大臣夫妻が文部科学省に圧力をかけて大学を新設していたというスクープ記事が掲載されました。若槻大臣の月命日のお墓参りで貴子夫人に会った安島さんは、「裏切り者!」と激怒する夫人に土下座をして、若槻夫妻の恩は絶対に忘れない、これからも力になりたいと伝えていました。

安島さんの同席を認めた元子さんは、「ルダン」を譲ってほしいと長谷川会長に切り出しました。3億円を用意できるのかと怪しむ長谷川会長には、持っている財産の相場が上がったのだと答え、銀座で一番のクラブだから手に入れたいのだと正直に打ち明けて、手付金としてまず5千万円を支払い3億円を用意できない場合には再び5千万円を支払うという条件を受け入れ、長谷川会長から購入する約束を取り付けました。元子さんが帰った後、長谷川会長は、元子さんの素性を安島さんに訊ねたのですが、安島さんは「燭台」にいた以前のことは知らないと答えていました。

安島さんは元子さんを心配していました。「カルネ」を訪ねた安島さんは、長谷川会長は危険な人物だ、調子に乗るなと、「ルダン」を買うのをやめるよう言いました。しかし、元子さんは、これは私の人生だと言い返して、私は私のやり方で一番になるのだと聞く耳を持ちませんでした。

脚本は羽原大介さん、監督は本橋圭太さんでした。

第5話も、面白かったです。武井咲さんの元子さんが真矢ミキさんの叡子さんを静かに怒らせる喫茶店の場面の緊張感も良かったです。

前半の元子さんの黄色と黄緑色の着物が、実際に街で見かけた場合には派手に見えるのかなとも思いましたが、レモンとライムの色のようで、夏らしいさわやかな着物に思えました。

計画が思い通りに進んでいることでますます強気になっている元子さんは、その一方で、すみ江さんが橋田理事長と楽しそうにタクシーに乗っているのを見かけ、その後すみ江さんと連絡が取れなくなったことから、何かに飲み込まれそうな予感を感じてもいるようでした。

頭の良くない学生を医学部に通わせて医者にするとか、文部科学省に圧力をかけて大学の新設をしたとか、そのようなことが盛り込まれていたところも、現代的で面白く思えました。自民党の安倍首相とその周辺の人々の学校法人・加計学園への便宜供与疑惑問題のことを思い出しました(テレビ朝日の報道番組では最近、内閣改造後は特に、森友学園問題や加計学園問題を扱いが激減しているように思えます)。

慎重な元子さんがすみ江さんを信用していた理由がいまいちよく分からないようにも思えるのですが、予告によると次回からは、元子さんを恨む人たちの逆襲?が始まるようでもありました。次回も楽しみにしていようと思います。


ところで、このドラマの後の「報道ステーション」では、朝鮮半島のほうから飛んでくるかもしれないミサイルを迎撃するための陸上型のイージスシステム「イージス・アショア」を日本政府が導入するということが報道されていました。アメリカ政府から買うそうです。1基約700億円で、迎撃するためには2発以上撃つ必要があるそうなのですが、1発撃つのに約20億円かかる上に毎年の維持費も高いそうで、しかも迎撃に失敗することもあるそうです。グアムのほうへ飛んで行くものを撃ち落とすことは物理的にできないのだそうです。国会で話し合われていないのでまだ正式に決まったことではないのかもしれませんが、専門家の方は、導入には覚悟が必要だと話していました。

あと、先日久しぶりに何気なく録画をしておいた、ジャーナリストの田原総一朗さん司会のテレビ朝日の「朝まで生テレビ!」(今年で30周年です)の「安倍政治と日本の平和」というテーマの回の後半(長い番組を少しずつ見ているので、まだ全部は見ることができていません)で、北朝鮮の拉致問題の話題になった時、自民党の山本一太議員が「基本的に日本人みんな北朝鮮嫌いですよね」と謎の発言をしたのですが、ウーマンラッシュアアーの村本大輔さんがすぐに「僕は北朝鮮、全然嫌いじゃないです」と返し、「北朝鮮を植民地にした」日本の過去に触れて、「自分たちに都合のいいところだけを切り取って、それで『嫌い』と言うのは都合がいいと思う」と言っていて、すごいなと思いました。

他の出演者の方たちは黙っていたのですが、村本さんが言っていたように、私も、まだ韓国と“戦争中”である北朝鮮という国について、テレビやラジオの報道番組や雑誌などで伝えられている一部分の北朝鮮しか知りません。ほとんどの日本人はそのようにしか北朝鮮という隣国のことを知らないのではないかと思いますが(他の多くの国の場合も、国内の各地域の場合もそうかもしれませんが)、そのような中での山本議員の「基本的に日本人はみんな北朝鮮が嫌いですよね」という、それがさも当然のことであるかのような奇妙な発言は、与党の自民党の考え方によるものなのでしょうか。もしもそうだとするなら、その考え方の下で国民が特定の国や地域を「嫌い」になるように自民党がメディアを使って誘導しているというようなこともあるのかもしれません。

ある海外の国を名指しして、基本的に日本人はその国を嫌いですよね、と国会議員が公の場で平然と言うことに驚きましたし、山本議員が自分の発言をおかしいとは思っていないようなところも含めて、少し怖く思いました。日本政府には電撃的訪朝するなどしても拉致被害者が早く帰国できるようにしてほしいと思いますが、田原さんが言っていたように(話はすぐに別の出演者に遮られてしまいましたが)、政府が“有名な拉致被害者”以外の被害者の帰国に積極的ではない、帰国を大して望んでいないということが本当なら、それはとても酷いことだと思います。

「過保護のカホコ」第6話

日本テレビの水曜ドラマ「過保護のカホコ」の第6話を見ました。

第6話は、母親の泉(黒木瞳さん)が出て行った家に父親の正高(時任三郎さん)と共に置き去りにされ、初めて一人で家事をこなすことになった大学生の根本加穂子(カホコ、高畑充希さん)が、自分の母親が元から母親ではなくそもそも一人の“女の子”だったということに気付き、母親が家を出て行ったのはこのことを神様が自分に知らせるためだったのだと、娘である自分への母親の深い愛情の有り難さと偉大さに感銘を受ける、という話でした。

脚本は遊川和彦さん、演出は明石広人さんでした。

怪我でチェロを弾くことができなくなってから荒れて両親を拒絶している従妹の富田糸(久保田紗友さん)や、借金を抱えたまま再び実家を出た、小さい頃から血がつながっているというだけの身内に対してそれほど愛情を感じることができなかったという叔母の根本教子(濱田マリさん)の言動も含めて、カホコさんとその家族の人たちへの愛情に溢れた回だったように思います。

正高さんの妹の教子さんと姪のカホコさんは、自分はダメだと思っていろいろ試してみるけれど上手くいかないというところが似ているようでした。教子さんは、少し落ち込んでいるカホコさんに、カホコは家族を愛しているから自分のようにはならないと思うと伝えて去っていました。

並木家の長女の泉さんは母親の初代(三田佳子さん)と父親の福士(西岡徳馬さん)のいる実家に戻っていたのですが、糸さんのことで夫の厚司(夙川アトムさん)と喧嘩をして家出をした次女の節(西尾まりさん)と、夫の国村衛(佐藤二朗さん)との幸せな生活がいつか壊れるかもしれないと感じて家出をした三女の環(中島ひろ子さん)も、実家を頼って来ていました。

家出をした妻たちと、妻に家出をされた夫たちが、それぞれの立場で少し愚痴を言いながら語り合う場面も面白かったですし、妻たちが並木家の三姉妹に戻って母親と4人で語り合う場面も良かったです。

“しっかり者の長女”として時々孤独を感じていたらしい泉さんが、母親になってからは、娘からの無条件の愛情に支えられていたというところも、母親が叔母や祖母たちに打ち明けていた話を聞いたカホコさんが、母親も一人の女性だったのだと衝撃的に気付くというところも良かったです。

オープニングのカホコさんは高校生になっていたのですが、カホコさんが母親の泉さんから自立をするということは、泉さんも娘のカホコさんから自立をするということなのかなと思います。自立をしたがっている娘のために「放任主義」を宣言した泉さんの赤ワインに対抗してオレンジジュースをグラスに注いだカホコさんが、母親の期待通りに自立をしてみせようという感じに気合を入れていた場面も良かったです。カホコさんの表情や話し方や動きがかわいいです。

画家志望の大学生の麦野初(ハジメ、竹内涼真さん)は、お願いが二つあると言うカホコさんから、名前で呼んでほしい、好きと言ってほしいと頼まれたのですが、なかなかその「課題」をクリアすることができませんでした。糸さんに追い詰められてもだめでした。でも、最後には、カホコさんが母親にメッセージを送っていたスマートフォンの画面の「大好きだよ、ママ」が繰り返されている文面を見て、「大好きだよ、カホコ」と、カホコさんのそばで言うことができました。改めて言ってほしいと頼まれるとまただめだったのですが、ハジメさんは、とりあえず俺たち付き合おう、ママが帰ってきたらちゃんと許可をもらうからとカホコさんに伝えていました。ハジメさんは相変わらず良い人です。

泉さんとカホコさんの間で自分の存在感が薄くなっていることを心配している父親の正高さんの気の弱そうな優しそうな雰囲気も楽しいのですが、今回の最後は、そうして母親に自立することを宣言したカホコさんが、電話で医師と話していたらしい祖母の初代さんが心臓病を患っていると知って愕然とするというところで終わっていました。

家族を大切に思っている大学生のカホコさんには友達がいないようなのですが、仮に友達が何人かいたとしても、カホコさんは血のつながりに関わらず家族のような身近な人を大切に思う人なのではないかなと思います。でも、そのようなカホコさんと、血がつながっている家族だからという理由で愛さなければいけないとされていることに納得できない感じの糸さんや教子さんのような人との対比も、良いように思いました。

うちの家族は冷たいと言っていた教子さんは、冷たいのは私かもしれないと、昔から親や兄弟にあまり興味がなかったとカホコさんに打ち明けていたのですが、教子さんのそのような感覚は、私にも何となく分かるような気がしました。身内(家族や親族)にさほど興味を持たない人よりも、身内に興味を持っている人のほうがきっと温かい人情家に見えるのだろうなと思います。でも、私には、血がつながっている(とされている)身内だからという理由だけで人物を好意的に捉えるというようなことは、少し難しいです。ドラマの教子さんに近いのかどうかはまだ分かりませんが、もしかしたら、私も少し冷たいのかもしれません。

次回の物語も楽しみにしたいと思います。


ところで、これはこのドラマとは全く関係のないことなのですが、報道によると、昨日、水銀や水銀を使用した製品の製造と輸出入を規制する国際条約「水俣条約(水銀に関する水俣条約)」が発効されたそうです。先日の9日の長崎平和宣言で田上長崎市長は「核兵器禁止条約」を「ヒロシマ・ナガサキ条約」と呼びたいと話していましたが、この水銀規制の国際条約の名前に熊本県の水俣の地名を盛り込むことを提案したのは日本政府の代表だそうです。水俣条約は、水銀による健康被害や環境汚染を地球全体で防ごうという目的で作られたものだということなのですが、海外の国々だけではなく、日本の国内にもまだ水銀が使われた製品はたくさんあるそうで、そのような製品の回収や廃棄や処理の方法や、周知にも課題があるのだそうです。

水銀が使われている製品としては、私は、昔に使っていた細いガラス製の体温計を思い出します。体温を計る前に振るタイプのものです。小学校でも使わていたような気がします。割れると床に銀色の液体が玉状に散らばるのですが、それが水銀でした。毒なので触ってはいけないと教わりました。体温計の他に、蛍光灯や乾電池、ボタン電池などにも水銀が使われているのだそうです。鉱物から金を取り出す際にも使われていると聞いたことがあります。水銀と言っても色々な種類があるそうで、中毒性中枢神経系疾患である水俣病の原因となったものは、チッソという会社の工場が水俣湾の海に垂れ流したメチル水銀化合物(有機水銀)でした。

公害の水俣病の被害はまだ終わっていませんし、政府による水俣病の患者の認定も補償も十分には行われていないそうです。当時埋め立てられた水銀の流出の恐れもあると言われています。日本が世界中から水銀汚染の被害を無くしていくことに関してリーダーシップを発揮できるかどうか分かりませんが、この水俣条約の発行が、水銀中毒の被害に遭った方を早くこれまで以上に救うことにつながるといいなと思います。
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